...08...
慎吾さんにアドレスをもらったのはいつのことだっただろう。
昨日?3日前?それとも1週間前?
よく分からないけど、1週間はない。というかそう思いたい!!
でもいつだったか本気で分からない私はどうやら相当混乱してるみたいだ。
私は自分の手に握られている携帯を開いた。
するとそこにあらわれるのはたったの2文。
『この前はありがとうございました
これからも部活、頑張ってくださいね』
ここ数日で見慣れてしまったこの文字のならびにうんざりする。
口から出るのは、重いため息ばかりだった。
そう、私は未だに慎吾さんにメールを出せていない。
理由は単純明快。
勇気が出ないから。
どこからか「このチキンめ!!」という声が聞こえてくる気がする。
もう反論もございません・・・・。
我ながら情けない理由だと思うけど、仕方ないじゃないか・・・・。
最近まで準太以外とはあんまり話せないような人間だったんだから。
机におでこをくっつけてぐりぐりする。
傍から見るとかなり変人な私だけど、かなり真面目だ。
うぁー・・・・チキン、ヘタレ、しっかりしようよ私。
でもこのままでいるわけにもいかない。
同じ学校に通っているのだからどうせ近いうちに会うことになるのだろうし
その時に「まだメールきてないけど」と言われれば居た堪れなさ全開だ。
やっぱり送ろう。
だけどもう少し内容を考えてみようか・・・・これは味気なさすぎる。
そこでふと気がついた。
あ・・・・れ?手の中に携帯がない・・・・?
いやいや、そんなことあるわけないって。
落ち着こう私。携帯が無くなるなんてありえない。もう一度確かめてみるんだ。
せーの、ぐーぱー・・・・ってあれー?
嫌な予感がして顔を上げると、準太が私の携帯を持って見下ろしていた。
よく見ると指は送信ボタンの上だ。
ああああああああちょっと待ってください!!
「た・・・・かせ、くん?」
「はい、何ですかさん」
「あのー・・・・携帯返してほしいなーなんて思ってるんですが」
「あぁ、すみません、お返しします」
なぜか敬語での会話をしていると準太が私の携帯を放り投げた。
ってちょっとー!!携帯放り投げないでください高瀬くん!!!
慌てて手を伸ばして、なんとか手の中に携帯をおさめるとほっと一息ついた。
心臓は悪い意味でバクバクだ。
そしてさっきの準太の行動を思い出して、また慌てて携帯を開いた。
よかった・・・・送信されてない・・・・。
安堵感が体を満たして力が抜けるのが分かった。
そんな私の様子を見て、準太は前の席に座ると私と向き合った。
真剣な目でじっと見つめられて、なんだか居心地が悪くなってしまう。
準太は今なにを思ってこんな顔をしてるんだろう。
私にはそれが分からなかった。
やがて準太は静かに口を開いた。
「いいのか、お前、そのままで」
ずしっと、胸に言葉が落ちてきた。
いつだったか・・・・慎吾さんと話せるようになる前に同じ様なことを言われた気がする。
あの時はいいって思ってた。
だってわたし人見知りだし。
会話だって全然続かないし。
話しかけてくれるなんて最初だけ。
すぐに皆うまく話せない私に興味をなくしてそれぞれのグループにもどっていく。
いつも教室の隅からその様子を見送るだけ。
そんな私が好きな先輩とどうこうなれるはずがないって諦めて、なにもしないで
ただ窓から後姿を見てた。
それだけで満足だったし幸せだった。
でも今は?
今は違うんじゃないのかな。
準太のおかげで慎吾さんと、少しだけど話せるようになって、一緒に帰ることもできて。
メールアドレスだって教えてもらった。
ちょっとずつだけど、本当にちょっとずつだけどそれでも私、前に進んでるよ。
このまま、とまっちゃダメだと思う。
ううん、とまれないんだ。
キラキラした気持ちがあふれ出てきそうなほどなのに・・・・うまく話せなくて。
なのに近づきたくて、もっと慎吾さんのこと知りたくて。
この気持ちは無駄にしたくない。
「よ・・・・くな、い・・・・」
独り言のようにそう呟いて、それからしっかりと準太の目を見る。
「よくない、嫌だよ・・・・私・・・・嫌だ」
決心じゃなくて駄々っ子みたいだ。
でも私のその言葉を聞いた準太は、満足そうな顔をすると褒めてくれた。
その目は妹を見るような目だったから、なんだか恥ずかしくなったけれど。
それからなんとか、震える手で慎吾さんにメールを送信して返事を待つ間
学食にある自販機にジュースを買いに行くことにした。
準太の分のお金も預かってきたんだけど・・・・。
これがいわゆるパシリってやつなんだろうか。
「あ、さん」
「え、あ!河合先輩!!!こ、こんにちは」
「うん、こんにちは。学食になにか用事?」
「はい!!わ、私今パシリ中、です!!!」
お?こんな堂々とパシリ宣言しちゃっていいのか?
案の定、河合先輩は笑って目じりに涙をためた。
そ、そんなに面白いことをいっただろうか。
不思議に思って首をかしげていると、自分も学食に用事があるから一緒に行かないかと誘われる。
私は特に断る理由もなかったから一緒に行くことにした。
「へ?試合・・・・ですか?」
自動販売機で今まさにオレンジジュースを押した時だった。
私は突然のその話に、一人驚く。
いや、試合があるのは当然だけど・・・・だけど、その試合がもうすぐだったなんて知らなかった。
きっと準太は前日ぐらいに言うつもりだったんだろう。
「そう、もうすぐ試合なんだよ。
だからせっかくだし、さんも見にきたらどうかなって」
「あの、でも・・・・私恥ずかしながら野球のルールとか・・・・その、あんまり知らなくてですね」
「大丈夫、大丈夫、心配ないよ。応援してくれるだけで気持ちはちゃんと伝わるから」
「あ、はい・・・・」
「それに・・・・慎吾も試合でるぞー?」
「なっ!?」
それは、み、見たい!じゃなくて!!
どうして河合先輩が慎吾さんのこと知ってるの!?
えー、準太かな・・・・準太なのかな・・・・。
どうしよう、ってことは野球部の人たち知ってる?
私が、慎吾さんを好きなこと・・・・。
不安そうにチラッと視線だけを河合先輩に向けると先輩は私を安心させるように笑い、頭を撫でてきた。
・・・・しかし最近よく頭を撫でられるのはなんでだろう。
「さんは分かりやすいからなー」
「そう、でしょうか・・・・?」
「結構。顔に出る」
それは困った、ぜひ直さなければ!
というか準太が原因じゃなかったんだね・・・・。
ゴメン準太。私自身が発信源でした。
一瞬でも疑った私を許してくださいと心の中で謝っておく。
私は自動販売機からオレンジジュースを取り出すと次にお茶を買った。
これは準太の。
ジュースばっかり飲んじゃいけないぞという私なりの心遣いだ。うん、親切。
「で、どうする、さん」
「私が行っていいのなら・・・・。行きたい・・・・デス・・・・っ!」
私は顔を上げてそういった。
河合先輩が、優しく笑ったのが、なんだか嬉しかった
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