...15...
 
 
現在私は自分の行動に後悔をしていた。
隣にはさっきまで一緒にいた慎吾さんではなく、代わりのようにココアとコーヒーがある。
それをちらりとみて、私はまたため息をつくのだった。
 
 
やってしまった。
なぜあの時声がかけられなかったのか・・・・。
行動自体は単純で簡単なことだった。
簡単なことだけど、私にとってはひどく難しかった。
こんな醜い嫉妬心なんか見せたくない、なんて自分の気持ちがばかみたいだ。
 
 
頭の中がごちゃごちゃしていて気持ちが悪かった。
今頃慎吾さんは何をしているんだろうかなんて考えて空を仰いだ。
彼女たちとの話に夢中だったり?
私のこと・・・・忘れちゃってるかなぁ・・・・。
 
 
そう考えてまたため息をつく。
欲張り欲張り欲張り、いい加減にしろ自分。
 
 
戻るつもりではあった。
あの人たちがいなくなっただろう時間を見計らって、お店が混んでましたなんて理由をつけて。
だから時間がかかったのだと説明するつもりだった。
私は何も見ていないのだと。
こんな卑屈な気持なんて生まれていなかったのだと。
全てに嘘をついて何事もなかったかのように笑うつもりだったのだ。
 
 
(―――あぁ、でも飲み物が冷めてたら嘘だってばれちゃう)
 
 
いつだってこう。
自分の計画性のなさにはいっそ拍手を送りたくなってしまう。
おめでとう、きみがばかだ。
 
 
先ほど仰ぎ見た空は少しオレンジ掛かっていて。
何となく手を伸ばしたココアのカップは予想以上に冷たかった。
それだけでどのくらいの時間ここに居たかというのが分かって、自分でも驚いた。
少し、居すぎたかもしれない・・・・。
 
 
どうしよう、戻らなくてはいけない。
だが意に反して体は動かずに、お尻は味気ないベンチに貼りついたままだった。
ツンと鼻の奥が痛くなる。
 
 
慎吾さん・・・・今なにしてますか?
 
 
「臆病者」
 
 
ポツリと、そう呟いてみた。
すると、独り言をもらしたせいか通行人の視線が向けられて背筋が伸びた。
ああ、私はやっぱりばかだ。
ここは遊園地・・・・人がたくさんいる場所なのだ。
 
 
意識するともう駄目だった。
忘れていたことを無理矢理思い出したような感覚。
今ここに、一人でいるという事実がどうしようもなく私を不安にさせる。
怖い。怖い怖い。
もう私に視線は向いていないのに、皆がこっちをみて私を嘲笑っている気がする。
大勢の人の視線が、声が、足音が、とてつもなく怖かった。
指先からどんどん冷えていくのがわかる。
 
 
慎吾さんがいたから大丈夫だったのに。
慎吾さんが笑いかけてくれたから大丈夫だったのに。
私は、自らその場を離れたんだ。自業自得。
 
 
泣きたい気持ちを抑えてきゅっと下唇をかむ。
手を強く握って、人々の視線から逃れるように下を向いた。
 
 
「どうされました?」
 
「え、・・・・あ」
 
 
驚いて顔をあげれば従業員らしき人がこっちを覗きこんでいた。
どうやら気持ちが悪いと勘違いをされて、心配されているようだ。
あながち間違いでもないのだが・・・・。
 
 
けれど私は持ち前の人見知りが完全に発動してしまい上手く言葉を返すことができない。
それどころか心配してくれるその人が怖いとさえ思ってしまった。
私が進歩していたとのいうのは、ごく限られた範囲内でだったらしい。
こんな時にまともに話すらできないだなんて、本当に情けない。
 
 
「あの、大丈夫ですか?」
 
 
何か言わないといけないのに言葉が出ない。
ああ、駄目だ・・・・やっぱり人と話すのは苦手だ。
どうしよう、どうしよう、だれか・・・・。
 
 
(慎吾さんっ・・・・!)
 
 
「すんません。オレの連れっす」
 
 
嘘だ。
でも、はっきりと聞こえたその声は紛れもなく今私が一番会いたい人のもので・・・・。
 
 
(どうして・・・・ここに・・・・)
 
 
慎吾さんは苦しそうに肩で息をして、手の甲で流れ落ちそうになっていた汗を拭った。
そうして私の前に立つと、「コイツちょっと人酔いしたみたいでね」とおかしそうに言う。
その言葉に納得したのか、従業員さんは後一言二言かわすとどこかに行ってしまった。
私はその間も、慎吾さんが振り返った後も、彼に話しかけることができなかった。
 
 
「しん、ご・・・・さ、ん」
 
 
やっと絞り出した声も、名前を呼ぶことしかできない。
もしかして・・・・・・・・走って探しにきてくれた?
 
 
「慎吾さ―――」
 
「頼むからっっっ!!」
 
 
大きな声に思わず肩が跳ねる。
叫ぶからせっかく整ってきていた息がまた乱れた。
それでも私は、そんな慎吾さんを見ていることしかできないのだけれど。
そんな事は気にせず慎吾さんは話す。
 
 
「頼むから心配かけさせんなっ!!・・・・本気で焦った。お前、人ん中消えていくし・・・・戻ってこねぇし。
 なんかあったら、どうしようかと・・・・あー、クソッ!!」
 
「ご、ごめんなさい・・・・」
 
「いや、オレの方こそ。・・・・気ぃ使えなくて悪かったな。
 あいつらがいたから、戻ってこれなかったんだろ?」
 
「っ!」
 
 
ばれている・・・・。
分かってもらえた嬉しさと、ばれてしまった情けなさと両方が混ざってしまって変な感じだ。
鼻の奥がツンとした。
 
 
多分慎吾さんはあの人たちと別れて探しに来てくれたんだろう。
こんなに、必死に・・・・私のせいで、しんどい思いをさせてしまった。
そう考えたときには既に、するりと口から言葉が出ていた。
 
 
「慎吾さん、ありがとうございます。えっと、その・・・・探しに来てくれて?」
 
「ブハッ!疑問系かよ・・・・。って本当・・・・あれだな」
 
「ど、どれですか・・・・!?」
 
 
やっと笑ってくれたことに安堵して、私もやっと笑えた。
悪いことをしてしまったけど、少し嬉しかった。
探しに来てくれたということや、心配してくれたこと。
 
 
そっと私の手に慎吾さんが触れる。
あ、そうか、私手に力を入れていたんだっけ。
そのことに気付いた時には、もう震えは止まっていたけれど。
 
 
「・・・・大丈夫だったか?」
 
「えっと、平気、ですよ。ちょっと吃驚しただけですから」
 
 
その手があまりにも温かて、優しくて。
またその優しさが恥ずかしくて。
私は自然な動作で手を抜くと話をそらした。
 
 
「あ、慎吾さん、コーヒー・・・・その・・・・冷たくなっちゃって」
 
「いい。今は冷たいのがありがたいからな」
 
「そうですよね、汗かいてますし」
 
「ああ。さてと・・・・も見つかったことだし、次行くか。
 時間的にもう次のが最後だけど・・・・どれ乗りたい?」
 
「ええ!?私ですか・・・・?最後ぐらい慎吾さんの乗りたい物にしましょうよ。
 今日ずっと、私の希望ばっかりでしたし」
 
「あー・・・・じゃぁ、あれ」
 
 
慎吾さんが指差したのは・・・・。
 
 
「か、観覧車?」
 
「ま、あそこならコーヒー飲めるだろ。高いところは苦手・・・・なわけねぇか、散々絶叫系好きだしな。
 よし、とっとといくぞ」
 
「あ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ!!」
 
 
慎吾さんの背中を急いで追いかける。
勿論ココアをこぼさないように、だ。
追いかけながら私は思わず笑みをこぼした。
 
 
慎吾さん。不思議ですね。私、慎吾さんの前だと少しはまともに喋れるんですよ。
 
 
観覧車は今は人が少ないのか特に待たされることなくすぐに乗れた。
だんだん上っていく景色をみながら、ようやく一息つける。
そこで私ははじめて、買ってきたココアを一口飲んだ。
うん、冷たいほうがいいかもしれない。
 
 
「あの、慎吾さん・・・・」
 
「ん?」
 
「今日はありがとうございました」
 
「はは、こちらこそ。楽しかったか?」
 
「それは勿論・・・・こんな嬉しいことがあるなら、入院何回してもいいです」
 
「おいおい、それは勘弁してくれ。オレの財布と心臓がもたねぇよ」
 
「冗談ですよ」
 
 
笑いながら外を見る。
もう大分上ってきたのか、アトラクションが小さく見える。
暗くなってきたから所々電気がついていてキレイだ。
思わず、わぁ、という声が上がるが自分では気づかなかった。
 
 
「キレイですねー・・・・」
 
「ん?ああ・・・・」
 
 
しばらく沈黙が続いたが決して嫌な沈黙じゃなかった。
むしろ落ち着ける、心地のいいものだ。
そこから見る景色は絶景で、いろいろな事があったけどやっぱり今日ここにこれてよかったと思う。
楽しかった・・・・そうして慎吾さんの優しさにたくさん触れた。もっと慎吾さんを好きになった。
大げさかもしれないけど、私はこの日を忘れないだろう。
 
 
慎吾さん、私やっぱり慎吾さんを好きになれてよかったです。
 
 
「おい、」
 
「はい?」
 
「ちょっとこっち来い、隣」
 
「?」
 
 
自分の横を指差しながらこっちを見ていた慎吾さんに向かって
軽く首をかしげながらも、言われた通りに隣にそっちに行った。
一歩踏み出せば観覧車が揺れたような気がして、少し怖い。
落ちませんように、落ちませんようにと無駄なことを考えてみる。
まぁ落ちるわけもないんだけど・・・・。
 
 
隣に座ると慎吾さんの顔を見たが、距離が近く恥ずかしくなってすぐに顔をそらして俯いてしまった。
どうしよう、近いってこれ・・・・っていうか、そもそもなんで隣?
私は座りなおすフリをしてちょっとだけ距離をあけた。
そうでもしないと心臓が持ちそうにない。
 
 
「ほら、前向け。てっぺんだ」
 
「へ・・・・?」
 
「ハイ、チーズ」
 
 
パシャッ
 
 
―――パシャ?
 
 
「あー、おもしれー、スゲェ油断した顔」
 
「・・・・・・・・」
 
 
あれ、今パシャっていった?パシャって・・・・。
隣で慎吾さんがいつの間にか取り出した携帯を見て笑っている。
ひょっとして今・・・・携帯でとられた・・・・?
 
 
え、えぇ!?う、うそ!?あんな阿呆な顔を!?
いや、私はいつだって阿呆な顔だけど!!
でも、でも・・・・!!!
 
 
「ちょ、し、慎吾さん!見せてください!!」
 
「ん、ほれ」
 
「―――っ!?」
 
 
顔が、熱くなる。
それは自分の顔がやっぱり阿呆だったっていうのもあったけれど・・・・。
けど、そうじゃなくて・・・・そうじゃなくてだ。
 
 
写真に写っていたのは、私と、慎吾さん。
 
 
てっきり一人で写っているものだとばかり思っていたからこれには驚いた。
そうして、やっぱり顔が熱くなった。
ツーショット、ってやつですか?
何でこんな写真を撮られたのかが分からなくて無意味に慎吾さんの顔を見てしまう。
 
 
すると慎吾さんは待っていたかのようにその視線を受け止め、面白そうにまた笑った。
 
 
「後で携帯に送るから、今日の記念にとっとけ」
 
「う・・・・ぁ」
 
 
もう言葉が出ない・・・・それぐらい頭が真っ白だった。
どうしよう、すごく好きだ。
 
 
ありがとうございます。
そう言いたかったのに、その一言がどうしても言えない。
私は携帯をもう一度見ると静かに瞳を閉じた。
絶対消さない。
 
 
「慎吾さん」
 
「ん?」
 
「ぜ、絶対送ってください、ね」
 
「くくっ・・・・了解」
 
 
そうして観覧車は、下に降りていった。
楽しかった一日が、終わる。
 
 
 
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