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おかしい、おかしい、明らかに何だか色々とおかしい。
「ほら、これチケット」
「あ、はい、・・・・ありがとうございます」
「よし、んじゃとっとと行くか」
「はい・・・・ってちょ、ちょっと待ってください!
やっぱりちょっと待ってください!!」
「ん?」
「・・・・・・・・おかしく、ないですか?」
「何が?」
何がってこの状況がですよ!!!
とは口には出せず私は目の前にそびえ立つやたら大きい門を見上げた。
どこか近くに取り付けてあるらしいスピーカーからはよくわからない音楽が流れていて
その陽気さが今は余計に私の混乱を招いた。
門の前でぼーっと立っている私のような人間はさぞ邪魔だろう。
だが動けないんだから仕方が無い。
そう、私たちは今遊園地に来ているのです。
それもふ・・・・二人で。
やっぱりおかしい、絶対おかしい。
嬉しいんですよ?嬉しいんですけど何で私が慎吾さんと二人きりで
遊園地に遊びに来ているかがものすごく謎。
ええそうです、今更ながらに自分でも謎なんです。
私服が見れて嬉しくて思わず凝視して苦笑されたりだとか
二人きりでお出かけなんて妙に緊張するだとか
ひょっとするとこれが世間一般的に言うデートなんだろうかとか
そんな事はとりあえず脳の片隅にでも置いといてだ。
「なんで、慎吾さんと二人で遊園地?この状況おかしくないかなぁ・・・・
そもそも私退院したばっかりなのに何でこんな場所に?
いや凄く嬉しいんだけど・・・・告白してすぐに遊園地ってなんか段階早くないかな?」
「ブッ!おま、まだそんな事考えてたのかよ」
考えていたつもりがどうやら声に出ていたらしく慎吾さんは盛大に噴出すと、だーかーらー、と言う。
「退院祝いだって」
「贅沢すぎますよ、こんな・・・・チケットだって奢ってもらって」
「いいのいいの、それに言っただろ?ちゃんとお前のこと見るって。
オレはもっとがどんなやつなのか見てぇの。
それとも・・・・私生活に触れられんの、嫌だった?」
「そ、そんなことないです!!!」
「なら・・・・」
「だ、だって、―――き、気持ちの準備ができていないといいますか・・・・」
「・・・・・・・・うわー、何その顔」
「え!?今そんなにひどい顔してましたか!?」
「いや、そうじゃなくて・・・・ま、いいわ」
もう悩むなよ、と言ってポンポンと頭を叩いてくる慎吾さんは何故か少し照れ臭そうだった。
勢いで思わずはいと返事をしてしまった私はこうなったら楽しんでしまおう、と決意をする。
考えてみたら慎吾さんと二人きりで遊園地なんて奇跡すぎるんだから。
「じゃぁ、今度こそ中はいるぞ」
チケットを受付のお姉さんに渡して中に入ると音と人の波が私を襲う。
外にいた時よりも大きくなった音にもたじろいでしまったがそれ以上に怖かったのは人の波だ。
カップル・家族・友達・・・・。
休日のせいかどこもかしこも人であふれかえっている。
人見知りの私としては、普段は避けておきたい人波だ。
ああ怖い。足がすくんで顔が下を向く。
そんなはずはないのに、思い込みだと分かっているのにすれ違う人がこっちを見ている気がして
私を笑っている気がして・・・・とても怖い。
情けないことだ。こんな事で、動けなくなってしまうなんて・・・・。
「」
優しく私を呼ぶ声にふと我に返る。
不安そうな顔で慎吾さんを見ると、まるで挑発するかのように笑った。
「オレがいるだろ?」
ドキドキと心臓が動くのが分かった。
まるでさっきまで動いてなかったかのような感覚だ。
慎吾さん、その言葉は、その顔は、反則です。
ああ、でも。
この人が一緒なら大丈夫かもしれないと、思ってしまった。
「ほら、行くぞ」
「はいっ!!!」
思っていたよりも、踏み出した一歩は軽かった。
ようやく動けた私達は、まずはジェットコースターに向かう。
これは私の希望。
こんな小心者の私だけどジェットコースターは大好きで
とりあえず遊園地にきたら一番に乗るものといわれれば迷わずこれを選ぶ。
慎吾さんは私がジェットコースターが好きだとは思いもしなかったらしく
私のはしゃぎ様を見て驚いた顔をした後、やっぱり噴出して笑っていた。
そんなにおかしいだろうか?
「はなんでそんなジェットコースター好きなんだ?」
「いえ、ジェットコースターに限らず絶叫系は基本好きなんです。
だっておもしろいじゃないですか。
あの浮遊感とか、普段の生活じゃ味わえませんし・・・・。
あ、ひょっとして、つまらなかったですか?」
「絶叫系乗ってつまんねーとか思うやついるか普通!
気にすんなよ、オレも絶叫系好きだし」
「一緒ですか?」
「ああ」
こんな小さな共通点にすら幸せを感じてしまい、つい顔が綻ぶ。
そういえば今日はいい感じに話せている気がする。
あくまで気がするだけだが・・・・気のせいじゃないといいな。
「次はどれ行くよ?」
「ええと、じゃぁ次はですね・・・・あ、慎吾さん!
あれ何でしょう!?行ってみましょう!!」
「え、あ、おい!!あんまはしゃいでっと転ぶぞ!」
「こ、こけませんよ!」
ここに入って気づいたことが、ひとまず3つ。
慎吾さんは私の歩くスピードに合わせてくれている。
人にぶつかりそうになったら腕を引っ張ってくれるし、私が乗りたいものを優先してくれている。
どこの紳士ですか?と聞いてしまいたくなるほどそれらの動作は自然で・・・・。
やっぱり慣れてるなぁと、感心する一方でどこかが小さくチクリと痛んだ。
慎吾さんは自分はもてると言っていたし、私もそれには納得した。
じゃぁ慎吾さんはこんな風にだれかと遊園地に来たこともあるんだろうか。
そう考えるけど慎吾さんが楽しそうに女の人と遊園地にいる姿は想像しにくかった。
だって慎吾さんが女の人と楽しそうに話している姿は、あまり見たことがない。
あれは何でなんだろう。
笑ったとしてもどこか不自然なのだ。
笑っているけど、笑っていない。
ふと、頭の中をよぎった疑問は今まで考えもしなかったこと。
(あ・・・・れ?―――慎吾さんって、本気で好きになった人とかいるのかな)
なんだか複雑な思いで、私は慎吾さんの背中を見つめるのだった。
本人に直接聞く勇気は、ない。
「あー、ここのウォーターシュート最高っ!すっごく楽しかったです!!」
「すっげぇ高さ・・・・ありゃ子供泣くわな」
「あはは、後ろに座ってた子泣いてましたもんね。というか、合羽着てなかったからびしょびしょ・・・・」
「金もったいねーからって買わなかったのは失敗したな。これじゃぁまたが入院する」
「な!?も、もうしませんよ!」
そんな風に会話をして、笑っているとさっきの胸の痛みはどこかに消えてしまった。
こんな姿、少し前なら想像もできなかった事だ。
隣で髪の毛についた水分をはらいながら笑ってる慎吾さんをみて今日何度目かの笑みがこぼれた。
「でも、さすがにちょっと寒いですね・・・・。私なにかあたたかいもの買ってきます。何がいいですか?」
「ああ、いい、いい!オレが行く」
「行かせてくださいよ、ここに入ってから私お世話になりっぱなしですから」
「でもなぁ・・・・」
「大丈夫ですって!ほら、何にします?」
「じゃぁ、・・・・コーヒー頼む。砂糖入り」
「意外ですね。砂糖入りだなんて」
「さすがに頭が疲れた」
おかしそうに言う慎吾さんを近くのベンチに座らせて私はコーヒーを買いに向かう。
ついでに自分の分のココアも。
お店の人に手渡された飲み物の温かさに、思わずほっとしてしまった。
「早く渡さないと冷めちゃうよね」
いつもならあまりしない独り言をつぶやいて、こぼさないようにそれでも急ぎ足で慎吾さんの所に向かった。
人波が邪魔をしてなかなか進めなかったけど、もう怖くはなかった。
どうやら今自分は相当ご機嫌らしい。
足取りも軽く、人込みをすいすいと潜り抜ける。
いつもは気になる人の目が全く気にならなかった。
やがてベンチに座る慎吾さんが見えてきた。
そこにいるのは当たり前なのに、なぜだか妙に安心してしまった。
ひょっとしたらいないんじゃないかと・・・・一瞬も考えてしまった自分がひどく馬鹿らしい。
私はにっこりと笑うと少し駆け足で慎吾さんのもとに向かう。
「慎吾さ・・・・」
「あっれー!?慎吾じゃない!?偶然ー!なにやってんの、こんなとこで!!」
え・・・・?
だ、れ・・・・?
近づこうとした足が止まる。
複数の女の人が、慎吾さんに話しかけていた。
どうやら同学年の女の人らしく、なにやら楽しそうに話をしている。
もっとも楽しそうなのは女の人たちだけで、慎吾さんは時々する笑顔を失くした顔で話していたのだが。
やっと笑ったとしても、やっぱりその笑顔はどこかうそ臭い。
けどそんな事に気を使う余裕も無かった。
きっと私は今酷い顔をしているに違いないし、身体には力が入ってしまう。
寂しい、そう思ってしまった自分に吐き気がした。
違う、これは嫉妬だ。
何を嫉妬する必要があるのだろう。
あの人たちは同級生で、話すのは当たり前。
ましてや慎吾さんは私の彼氏でもない。私だけのものではないんだ。
それなのに独占しようという気持ちがわいてくるのか?なんて浅ましい。
呼びたければ呼べばいいのだ、慎吾さんを。
でも、何度も呼ぼうとしたけど、そのたびに口が金魚のように動くだけだった。
呼べ、ない。
お土産を売っているお店のウインドウに自分が映っている。
あの場所にいる彼女たちはとてもかわいい・・・・私なんかよりも、ずっと。
顔だって、服だって、細さだって、脚の長さだって。
彼女たちの方が、慎吾さんに似合っているじゃないか。
「―――っ!」
ああ、ダメだ。
思ったときには既に背を向けて人ごみの中に向かって歩き出していた。
何だかよくわからなかったが、その場にはいれなかったのだ。
急に人の目が怖くなった。いっそ吐いてしまえたら、と思うぐらいに今の気分は最悪だったのだ。
泣きそうだ。
なぜ?
わからないけど。
私は人ごみの中を歩く。
当てもなく、ただ、いろいろなものに目を背けたくて。
「?」
人ごみの中を見て、慎吾さんがそう呟いたのを、私は知らない。
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