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“お前、オレのこと好きだろ?”


病室が変な緊張で包まれたように感じたのは私だけだろうか。
私は大きく目を開いてから視線をはずそうとして、思いとどまった。
何となくだが、ここで視線をはずすのは失礼な気がしたのだ。


かといって私が何かを言えるはずもなく・・・・。
緊張で今度こそ死んでしまいそうな気がしていた。
熱のとき以上に咽がカラカラだ。
口から出るのは「あ」やら「えっと」やら、聞くに堪えない言葉達。
これならばよっぽど赤ん坊の方がしゃべるだろう。


そんな私をみて何を思ったかは分からないけど、慎吾さんが遠慮がちに頭を撫でてきた。
大丈夫だから落ち着け、ということなんだろうか。
とにかく私はその行動や、その手の優しさに思わずきゅんとしてしまったわけで。
ガチガチだった体の緊張が解れていくのを感じた。


そうしてようやく落ち着いた私は、しっかりとした言葉で話すことができたのだ。


「はい、・・・・・・・・好き、です」


ああ、これはもう世間一般的には立派な告白というものなんじゃないのだろうか。
あんなに人見知りだった私がこうやって他人に想いを伝える日が来るだなんて・・・・。


私のその言葉に慎吾さんはやっぱりな、という顔をしてから頭から手を離す。
その手が離れるのが寂しいと感じてしまう私は相当欲張りになっている、嫌な女だ。
人間というものはどうして少しでも幸せを与えられてしまうと、次の幸せも望んでしまうんだろう。
こんなにも欲深いやつだと知れてしまったら、慎吾さんは私のことを突き放すのだろうか。


慎吾さんの目を見ると全て見透かされている気がした。
自分の気持ちの奥底まで、もう全て分かっているんだと言われている気がして・・・・。
だからこそ私は静かに気持ちを吐き出せるのだ。
どうせばれているのなら言ったって構わない。


「私、慎吾さんのことが好きです。でも、でも、絶対に慎吾さんの答えはNOだと思うんです」

「その根拠は?」


根拠・・・・?
そんなもの・・・・。


「ありません。ただ、なんとなくそう思って・・・・慎吾さん、は、私の反応を見て楽しんでる
 ・・・・っていう部分も、その、あったように感じたので」

「・・・・それでもは、オレのこと好きなわけか?反応を見て遊ばれてたって感じんのに?」

「ええ、それは・・・・はい」

「ブッ!相当のMだな・・・・ククッ」


Mなんだろうか?
でも、だって、仕方がないんですよ、慎吾さん。
私馬鹿だから、適当に相手にされているってわかっていても、それでも・・・・。

こんな私と話してくれることが

嬉しくて

嬉しくて

たまらないんです。


慎吾さんは知らないんだ。
貴方と出会って、話ができるようになって、私がどれだけ前向きに動けるようになったか。
誰とも話せなかった。
目が合わせられなかった。
私のモノクロの世界に色をつけてくれたのは、慎吾さん、貴方なんです。


「あの、今度は私が質問してもいいですか?」

「ん、どうぞ」

「何で、こんなこと聞いたんですか?
 自分で言ってて悲しいんですが・・・・ずっとこのまま、からかっていたり
 適当に相手をしてあしらうっていうことも出来ましたよね。なのにどうして・・・・」

「正直・・・・」


慎吾さんが椅子に座り直すとギッと古びた音がなって、それが病室に響いた。
私は、慎吾さんから視線を外さなかった。
フゥと軽く息を吐き出す音が聞こえたのだけれど、それは私から?それとも慎吾さんから?
あるいは、どちらもそうなのかもしれない。


その沈黙はずいぶん長い間のように思えたし、短いようにも思えた。
珍しく慎吾さんが言葉を探すように視線を天井に向け、泳がせているのが印象的だった。
普段の彼ならそんな風に視線をさまよわせ、言いづらそうにすることなんてなかったのに。
どうやらこれは慎吾さんにとってデリケートゾーンらしい。
しばらくすると慎吾さんが私と目を合わせ苦笑した。


「正直な、それも考えた。
 そこらのキャーキャーうるせぇ夢見てるような女子と同じなら、適当にあしらった方が楽だし。
 けど、お前違うんだもんな。少なくとも、オレのまわりにいる女子とは違う」

「ええっと、違う、とは?」

「さぁ?わりぃけど上手く言えねぇ。
 ・・・・でも、ま、が初めてだぞ。自分の感情の発散のためじゃなく、“オレの為に”オレを叩いたのは」

「自分の感情の、発散?」

「オレ結構女子に顔とか叩かれんの」


「もてるから」と彼は冗談のように笑って言ったけれど、「そうだろうな」と妙に納得してしまう私がいた。
自分の好きな人に対してこんなこう思うのもあれだが、慎吾さんは誠実な付き合いという言葉が似合わない。
まぁつまりは、遊んでそう、と、いいますか・・・・。
男女の付き合いだとかは私は本当にわからないので何とも言えないのだけれど・・・・。


慎吾さんは、オレも相当なMだな、と言って笑っていた。


「お前みてるとな、妙におもしれぇんだわ。今はNOとしか答えらんねぇけど・・・・。
 これからはできるだけお前の事を見るし知っていこうと思う。
 こんなにまっすぐにぶつかって来てくれる女、オレだって邪険に扱えねぇよ」


夢を


夢を見ているんじゃないんだろうか。


気づけば私の両目からは涙があふれ出ていて、枕にシミを作っていく。
慎吾さんが、ぼやけてみえた。
せめて声はださないようにと、涙だけを流す。
溢れ出して、ただ、とまらない。


涙も、この想いも。


「あー、こらこら、泣くなって。オレが泣かしてるみてぇだろ?」

「す、すみませ・・・・」


私は点滴の刺さってない方の腕で目を隠した。
ありがとうございます、と言いたかったけど言葉が上手く出てこない。
こんな私に、チャンスをくれた。
こんな私を、見てくれるといってくれた。
今は、その言葉で十分だ。


人と話すことが苦手で、友達も少なくて、好きな人もただ見ているだけだった私。


その私がこうして、好きな人と話せて、少しだけ認めてもらえた。
人にとっては小さな一歩だけど、私にとっては大きな一歩。


(こんなに嬉しいことだったんだなぁ・・・・好きな人に見てもらえるって)


慎吾さん。
私やっぱり慎吾さんのことが好きです。


「まぁ、頑張ってオレをおとしてみろー」

「はいっ!!」


私は、大きな声で返事をした。
慎吾さんはおかしそうに声を出して笑って、私は涙をふきとる。
冗談で言ったんだろう、その一言だけど・・・・頑張ろうと、そう思えた。


「おま、そんなに大きな声で返事して・・・・頼もしいな。で、何してくれんの?」

「ノ、ノープランです・・・・」

「ククッ・・・・マジかよ!ってマジで変なやつだよな。まぁあれだ。まずは退院だな」

「あぁ!?そうだ、退院しないとですよね!」

「忘れてんなよ!?早く学校来い。んで、和己らに顔みせてやれ。心配してたからな」

「はい。すみません、でした」

「謝るな。謝ってほしかったわけじゃねぇし。じゃぁ、オレもう行くわ」

「はい・・・・あ、し、慎吾さん!!」


病室を出て行こうとする慎吾さんを、慌てて呼び止める。
そうだ、今、思い出した・・・・。



“思い出すのは、咽の痛み。吐き気。頭痛。異常に高い熱。
それとは逆の冷たく硬いフローリング。
上半身が浮く感覚に優しい温かさ。誰かの叫び声。
それと・・・・見慣れた灰色。



誰?


あの時わたしを抱き上げたのは


ここに連れて来てくれたのは


誰?”



「私をここに連れて来てくれたのは、誰、ですか?」


つまりながらもそう言った私を、慎吾さんはじっと見る。
数秒後、意地悪そうな笑みを浮かべて「さて、誰でしょう?」というと病室を出て行ってしまった。


ああ、わかりやすい。
やっぱりあれは・・・・慎吾さんだったんだ・・・・。
涙をこらえながら、口は自然と弧を描いた。


後に聞けば、私の家の場所を教えたのは準太だったらしい。


「様子が気になるんだよ。ほら、オレ、昨日のこともあるから・・・・もし風邪とかひいてたら、な」


その言葉を直接聞いてみたかった・・・・慎吾さんはどんな顔でそれを言ったのだろうか。
まだまだ授業があるにもかかわらず、私のところに来てくれた。
罪悪感からなのだろうけど、そこには多少なりとも心配してくれる気持ちがあったと信じたい。


私はゆっくりと目を閉じる。


「ありがとう、ございます」


誰もいない病室に、私の声だけが静かに響いた。




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