...12...
再び目を開くと一番最初に飛び込んできたのは見慣れた天井ではなく
自分の部屋よりも白く高い天井だった。
頭が働きだすのを待ってから、私はやっとここが自分の部屋ではないことを理解する。
どこだろう、ここ・・・・。
ふと左の手の甲に違和感を覚えて顔を向けると、チューブが私の腕とよく分からない液体をつないでいた。
どうやら点滴らしいがちょっと血が逆流しちゃってんですけど、大丈夫なのかな、これ。
手を動かすとなんだか点滴の針が折れてしまいそうで怖かった。
そうして私はゆっくりとここが病院だと判断する。
むしろ病院以外で点滴なんて遠慮願いたさ満点だ。
軽く両手をグーパーと動かして、ちゃんと動くことを確認した。
どうやら私はまだ生きているらしい。
気を失う前の、死にそうなほどの吐き気も熱も頭痛も今はなく
あるのは働いてくれない私の脳みそと、恐ろしいぐらいの体の重み。
ベッドに沈んで動かない体はひどく不自由だ。
だが、気絶前とどちらが楽かと聞かれれば断然こっちの方だから文句はいわないでおこう。
どうせ体を起こしたって誰もいない。
そのことに甘えて上体を起こすのを諦めた瞬間、カーテンが横に引かれて準太が現れる。
タイミングがいいんだか悪いんだか・・・・思わず苦笑が漏れた。
準太は手に花瓶を持っていて、私が目をあけているのを見ると少し驚いた。
けれどすぐにその顔は気遣うような笑顔になって、私はなんだか泣きたくなってしまった。
「・・・・目、覚めたみたいだな」
「んー・・・・準太・・・・」
「ん、なに?」
「ここ、病院・・・・?」
「そ、病院」
予想外に自分の声が頼りなく、かすれていていた。
コトンという音がして、ベッド脇のテーブルに花瓶が置かれた。
花瓶にはいろいろな花が活けてあってとってもキレイだ。
・・・・キレイだけど、何でこんなに種類に統一性がないんだろう。
ぼんやりと考えているうちに、急に頭の中がもやもやしてきて変な感覚になる。
何かを・・・・忘れている気がする・・・・。
「さっきまでのおばさん達いたんだけどな。今ご飯食べに行ってる。ってか行かせた。
あとこれ、野球部のみんなから。みんなで見舞い来たらうるせーしな」
「あ、ありがと。お礼言っといてくれない?」
「おう。伝えとく」
そうか、お母さんたち来てたんだ・・・・余計な心配かけちゃったなと申し訳なくなった。
目を花瓶にやれば相変わらず色とりどりの花が活けてあった。
統一性がなかったのは、みんながバラバラに買おうとしたからかな?
なんとなくだけど、その場面が想像できた。
これがいい、この花がいいと指差すみんなと、それをまとめる準太。
見てみたかったな、なんて無理なことを考えたりして少し笑った。
少し前なら、こうやって花をくれる人もいなかったんだろう。
そう思うと無性に嬉しくて、再び笑みがこぼれた。
「私、どれぐらい寝てた?」
「丸一日ってとこだな」
「そっか・・・・そんなに長くないんだね」
「十分だろ」
呆れたようにいわれたけど気づかないフリ。
何だかんだいいながら準太もすごく心配してくれたんだろうということが言葉から
声から、仕草から伝わってくる。それがこそばゆい。
「こんなに心配してもらえるなら、もう少し気絶しといても良かったかな」
「おいおい勘弁してくれ!こっちの心臓がもたねぇよ
お前が救急車で運ばれたって聞いた時には、さすがに教室飛びだしたよ」
「教室を、飛びだした?準太が?うわー・・・・見てみたかった、かも」
「お前なぁ・・・・」
冗談だよと笑ってみた。
その時、視界の端に見慣れた灰色が映った。
それは桐青の制服の灰色・・・・準太のズボンの色だった。
この色・・・・って・・・・・・・・。
思い出すのは、咽の痛み。吐き気。頭痛。異常に高い熱。
それとは逆の冷たく硬いフローリング。
上半身が浮く感覚に優しい温かさ。誰かの叫び声。
それと・・・・見慣れた灰色。
誰?
あの時わたしを抱き上げたのは
ここに連れて来てくれたのは
誰?
「あの、さ・・・・準太―――」
言いかけた言葉はのどを下って私の中に戻った。
いきなりカーテンが開いたことに驚いたからだ。
そうして誰が入ってきたのかと確認した私はそのまま固まった
立っていたのは・・・・慎吾さん・・・・。
「お、起きたのか」
目を丸くした慎吾さんを見たまま、相変わらず私は固まって動かない。
いや、動けないんだ。
それはほんの数秒のこと、だけど十分過ぎるほどの時間。
あぁ、忘れいていたのはこのことだったんだ。
どうして忘れてたんだろう・・・・。
“パンッ!!!!!”
わたし、慎吾さんを・・・・叩い・・・・っ!!?
「し、慎吾さんっっっ!!!!」
ワンテンポどころかツーテンポもスリーテンポも遅れて、私は飛び起きた。
何かを考えていたわけじゃない。
針が折れそうで動くのが怖いなんて考えていたことも吹き飛んだのだ。
ましてや起き上がった後のことなんか考えているはずもなかった。
ただ、体が動いた。
でも、起きた私を襲ったのは頭痛とめまい。
「――――っ、うぁ!」
思わずこめかみを押さえて前かがみになった。
ずっと寝てたことも関係しているんだろうけど、それ以前にまだ全回復じゃなかったようだ。
当たり前といえば当たり前なんだけれど。
こんなことならゆっくり起きるんだったと思ったけど後の祭り。
冷静に考えれば、そんなことを配慮する余裕があったはずもない。
結局はこうなるんだという確信が持てるあたり自分が情けなくて泣けてくる。
「あー!いいからいいから!!寝てろって!!無理すんな!」
「す、すみません・・・・」
慌てた様子でそういう慎吾さんの言葉に甘えて、私は準太に支えられながら再びベッドに沈んだ。
準太がしゃべらないことを不思議に思って視線を向けるとかすかにだけど、肩が震えていた。
貴方そんなに面白いですか。
っていうか、今の行動の中で何が面白かったのかを是非とも聞きたい。
私が準太を軽く睨むと、両手を挙げて降参のポーズをとった準太は
「じゃぁオレ、みんなに連絡してくるわ」という無情な言葉だけを病室に残して
素早い動きで出て行って、扉を閉めてしまった。
・・・・・・・・薄情者っ!!
準太が出て行った後の病室は本当に静かで、会話は一切ない。
チラリと横目で慎吾さんを見れば何故か目があい、苦笑されてしまった。
その空気に耐えられなくなり口を開いたのは、以外にも私が先だった。
「あ、あの・・・・お見舞い、ありがとう、ございます」
「あー、いいって。オレが風邪ひかせたようなもんだしな」
「そ、そんなこと!!私が、勝手にひいただけですよ!!
全然、気にしないでください・・・・」
「でもなー、ほら、色々と・・・・な。・・・・・・・・悪かった」
「なっ!?何で謝るんですか!?
・・・・私だって、酷いことしました。慎吾さんのほっぺた、叩いちゃって・・・・」
そういう私の言葉はどんどん小さくなっていく。
慎吾さんの顔は、みれなかった。
ほんの少しだけ、まだほっぺたが赤いような気がしたから・・・・。
私は寝たまま、ベッドのシーツをぎゅっと握った。
「ぜ、全然・・・・慎吾さんの気持ちとか、考えてなくて。
おしつけて、嫌な思いさせちゃいました。叩いちゃったし、偉そうに説教しちゃったし。
それに――――」
「」
呼ばれたことに驚いて視線を向けると、頭に手がのる。
そのことに動揺する暇もなく、慎吾さんが私の髪を乱すように頭をわしゃわしゃと撫でた。
な、なんなんでしょうか?
それよりも手が私の頭の上に乗っている。
熱が顔に集中している気がした。
「大丈夫だっつーの。お前はちょっと他人の心配しすぎだ
今はお前が病人、自分の心配してろ」
「で、でも・・・・!」
「してろ、な?」
「・・・・はい」
渋々引き下がったわたしを見て慎吾さんが、サンキュな、という。
なんで慎吾さんがお礼を言うのだろう。
どうしてこの人はここまでも優しい人なのだろう。
お礼を言ったその声がやけに優しくて、私は顔が赤くなってしまうのを感じた。
あぁ、おねがい、そんな声出さないで。
叶いもしない夢を、抱いてしまいそうなんです。
慎吾さんはそんな私をしばらく見た後・・・・唐突に、そうして、言いにくそうに口を開いた。
「今回の件で、正直少しのこと見直したぜ。お前、自分の意見ちゃんと言えるだろ」
「・・・・・・・・」
「ま、お前がそのまま自分の意見言わねぇような女なら・・・・楽だったんだけどなぁ。
どうも、そうもいきそうにないんだわ」
「へ?ど、どういうことなんですか?」
「単刀直入にいう」
伏せられていた慎吾さんの目が、まっすぐこっちに向いた。
その視線はどこまでも鋭く、決してふざけてなんかない。
場違いだけど・・・・本当に場違いだけど・・・・。
すごくキレイだと思った。
緊張で思わずごくりとのどを鳴らした私に慎吾さんはあっさりと告げてしまったのだ。
私から視線をはずさないまま・・・・。
「お前、オレのこと好きだろ?」
ドクリと、心臓が一度だけ大きく脈打った。
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