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「う、っ・・・・ぐ!」
涙目になりながらトイレに顔を突っ込むようにして嘔吐けば生理的な涙が流れた。
今日トイレの便器に向かって嘔吐したのは何回目だっただろう。
覚えてない・・・・というか考えれない。
脳みそが本格的の壊れてしまったんじゃないかと思う。
頭が痛くて、咽と顔が熱くて、視界がぼやけた。
体が重くて、私の周りだけ重力がおかしいんじゃないかと錯覚してしまう。
あぁ、やばいやばい、やばいです・・・・。
夏風邪ひきました。
何が悪いんだろうと必死に考えて15分かけて答えを出した。
もっとも、この15分だってあてになる数字じゃないけれど・・・・。
きっと昨日雨にうたれたのが悪かったんだろう。
私はあの後、必死に涙を流さないようにしながら歩き続けた。
ふらふらと自分の部屋を目指して歩いていたつもりだけど、いつの間にか遠回りしていたみたいだ。
そのことに気づいたのは、自分の部屋に着いてからだったけれど。
そうして自分の部屋に着いても、髪の毛をろくに乾かしもせずに寝たのを覚えている。
ようするに自業自得。
ええ、全部私が悪いんです。
まぁ拗ねてみたところで体調がよくなるわけもないんだけど・・・・。
朝起きて、嫌でも体調の変化に気づかされた私はとりあえず熱を測ってみた。
正直言うと、何℃だったかなんて覚えていない。
それでも微かに「4」という数字が見えたのは記憶している。
この苦しさで、まさか34℃はないだろう。
つまり、だ。私は40℃かそれ以上の熱があるということになる。
そんな数字初めて見たぞ。
自慢じゃないが身体はそれなりに丈夫で、風邪をひいたってすぐに治ってしまうのだ。
なのに一人暮らしでこんな高熱・・・・罰があたったとしか考えられない。
そこまで考えてぐっと言葉が詰まる思いがした。
心当たりがありすぎる。
・・・・きっと慎吾さんの頬っぺた叩いちゃったからだ。
慎吾さんに・・・・他人に暴力ふるったから神様が罰をあたえたんだ。
痛かったかな?いや、痛いに決まってる。
なにしろ手加減なく思いっきり叩いてしまったのだから。
ああ、慎吾さんごめんなさい、痛い思いさせてごめんなさい。
頬っぺた腫れてないかな?大丈夫かな?
そんな心配だけが頭の中でぐるぐる回っていた。
しかし回るだけで吐き気は止まらず。
それどころかどんどん加速していくそれは止まることをしらず、私の吐き気に拍車をかける。
そのせいでさっき飲んだ水をまたリバースすることになる。
いい加減咽が痛い。
こんな時に限って部屋には風邪薬が無かった。
あるのは腹痛の薬と絆創膏だけ。
最悪だ・・・・神様のばか。
いやいや、買い忘れてた自分が悪いんだから何でもかんでも神様のせいにしちゃダメだ。
これも自業自得。
というか、私の部屋は薬がなさすぎじゃないのだろうか。
いくら健康だといってもこれはひどすぎる。
熱がひいたら、風邪薬を買いに行こう。
ええと、次風邪ひいた時のために・・・・。
なるべくならもうこんな辛い思いはしたくないんだけど、もしものことがあると学んだのだ。
そういえばさっき携帯がなっていた気がする。
でも私に電話に出る元気は無いく、悪いとは思いながらも無視させてもらった。
例え今出たとしても相手が言ってることすら聞き取れないかもしれない。
それぐらい私は体力、気力とともに限界だった。
そういえば今は授業中。
慎吾さんは授業に出てるんだろう。
私は頬を赤く腫らした慎吾さんが授業を受けている様子を想像した。
罪悪感。頭が一層ガンガンと痛んだ。
あ、というか授業のノートどうしよう。
まぁいいや、きっと準太がみせてくれる。・・・・寝てなかったらだけど。
頼むから今日だけは寝てくれるな、と私は電波を飛ばしてみた。
でもさすがに今日くらいは準太もノートをとっている気がする。
人のことを考えて、さりげなく気を使える。準太は、そういう人だ。
「っ!!!」
そんな事を考えている間にも気持ちが悪くなって今度は急いで洗面台に駆け寄った。
幸いにも気持ちが悪いだけで波が終わったのは散々吐いてしまったせいだろうか?
いくら水を飲んでも、口の中も咽も潤わない。
それどころか逆に水さえも気持ち悪く感じてしまう。
「ハァ・・・ハァ・・・ッ!」
何とか呼吸を戻そうとしながら、部屋に戻ろうと一歩を踏み出す。
すると視界が変わった。
抜ける力。
近づいてくるフローリング
やばい、ぶつかる・・・・!!!
とっさに洗面台を掴んで垂直落下もどきは免れた。
けれど「立たなければ」という意思に反し、身体は洗面台に沿ってずるずると崩れていった。
体が重くて、思うように動かない。
頭をガンガンと何かで殴られているような感覚に陥る。
ここまで苦しいのは何年ぶりだろうとぼんやりした頭で考えた。
「どうしよッ・・・・はっ・・・・これは、な、いよ・・・・」
夏風邪ってこんなに苦しいものなの?
それとも私が変なだけ?
考えたくないけど、多分後者だ・・・なんだか、熱いんだか寒いんだか分からなくなってきた。
もういやだもういやだ、泣いてしまいたい・・・・。
そういえば慎吾さんに対して怒鳴ったのも、怒鳴られたのも、考えてみれば初めてだ。
(それだけ浅い表面上の付き合いだったって、ことかな・・・・)
慎吾さんは、誰にでも優しい。
そんなことわかってた。気付かないふりをしていた。
だって、その方が甘えていられたから。慎吾さんの優しさに。
少しは成長できたと思っていたけど、本当はまだまだだった。
私は衝突を恐れて優しさに甘えて踏み込むことを諦めていた臆病者だったんだ。
元気になったら慎吾さんと話がしたい。
もっともっとちゃんと知りたい。近づきたい。
なんだ、私・・・・相当慎吾さんのこと好きなんじゃないか。
だんだん目蓋が下りてきて、何も考えれなくなる。
ああ、私は眠るのかとぼんやりした頭で思った。
特に眠くもない癖に・・・・ひょっとするとこれが意識を手放すという感覚なのかもしれない。
「・・・・しん、ご、さ・・・・んっ・・・・」
会いたいです。
あんなことしちゃったけど、会いたいです、慎吾さん。
助けてだなんて贅沢なこといいません。
そんなこと言わないから、ただ会いたい。
ああ、そうか・・・・。
会いたいっていうこと自体が贅沢な願いなんだ。
私は泣きそうになりながら完全に目蓋を閉じた。
真っ暗な世界が私をふわりと包み込んだ。
風邪をひくと人が恋しくなるのは小さい頃から変わらないらしい。
だって、こんなに暗い世界の中、私は不安で叫びだしてしまいそうなのだ。
するとかすかに物音が聞こえた。
私は頑張ってうっすらと目を開けると何かがこっちに向かってくるのが見えた気がした。
・・・・何?ドロボウさんかな?
家にはお金なんてないよ。徒労ですよ、かわいそうに。他をあたってください。
そういいたいのに、声が出なかった。
いよいよ意識は朦朧としだし、指先にまで力が入らない。
意識を失う前、微かに見えたのは見慣れた灰色。
少しだけ感じた上半身が浮く感覚と優しい温かさ。
何かを必死に叫ぶ声・・・・この声は、誰のもの?
わからないわからない
耳の中で音がボワーと広がって変な感覚になる。
もうドロボウさんでも誰でもいいや。
私は心の中でそっと呟いた。
お願いします、学校に休むって連絡いれてください。
無断欠席だけは・・・・したくないんです。
場違いなことを考えると、私はすぐに意識を手放した。
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