友達なんか必要ない


お願いだから誰もあたしに関わらないで




Draw The Curtain:03



自然と意識が浮上して目を覚ませば、窓からもうすっかり明るくなった空が見えた。
同室の皆のベッドはすでにもぬけの殻で大分前に起きたことが見ても分かる。
放っていかれることには慣れているので特に何とも思わない。
自分が他人から疎まれているのは分かっていたし、私自身も他人に関わろうとしなかった。
そんな自分を自覚し、自嘲。



そうして、それと同時に急にを思い出して舌打ちをする。
あまりにも自分と違いすぎる彼女を思い浮かべることは気分のいいものではない。



(あたしはあたしだ)



苦い表情でベッドから抜け出せば冷たい空気が温かかった足先を冷やす。
朝食の時間を逃したかとも思ったが、部屋の外の様子からしてどうやら大丈夫そうだ。
まぁ大広間に行ったってどうせ少ししか食べないのだから食べなくてもいいのだが・・・。



(また朝がきた)



当たり前のことにうんざりして、そのまま後ろ向きに倒れるようにしてベッドに逆戻り。
どうも1年前から――このホグワーツに来た辺りから――朝は好きになれない。
朝の日の光を希望の光だという人も居るが、人間皆それが共通なわけがないのだ。
あたしは朝の日の光がありがたくない人間代表といったところか・・・・。
そんな事を考えながら勢いをつけてベッドから起き上がると制服を手にとった。



朝なんかキライだと、小さく小さく呟いて。










支度もできて、さてこれから大広間に行こうかどうかと一人で考えていると
ふとベッド脇に置かれた本が視界に入った。
それは数日前に図書室から借りてきて、昨日の夜早くも自分が読破したものだった。
ああ、これを読んでいたから今日は起きるのが遅かったのかと今更ながらに納得。
結局、新しい本も借りたいということで大広間ではなく図書室に向かうことにした。
幸いお腹もすいていないし、もしすいたら厨房に直接行けばいい。
しもべ妖精は嬉々として色々とあたしに食べ物を持たせようとするだろうから・・・。



まだ冬が来はじめたばかりの廊下は隙間風がひどく冷たかった。
まだ雪は降らないんだろうか?



朝早くだからか、図書室内には人は少なく、その閑散とした感じがまた寒さを誘っていた。
あたしはコツコツと足音を響かせながら歩く。



静かだな・・・・・。
でも・・・キライじゃない。
なんて思うと無意識に小さな笑顔がこぼれた。
ページのめくれる音。わずかな人の話し声。脚立の移動する音。
どれもあたしにとっては心地のいいものだった。



もうすっかり頭の中に入っている図書館の地図を思い浮かべほくそ笑む。
今日は何の本を借りようかとか、どんな本があるかとか、想像しただけで幸せな気分になれる。
・・・・・・だがそれも長くは続かなかった。
目的の棚に向かうあたしの軽い足取りは、棚を直前にして止まってしまった。



それは驚きか。


はたまた警戒か。



「やぁ」



目的の本棚にもたれるように立っていたのは男子生徒。
普通はこんな時間に図書室に生徒なんかいない。
ましてやここは特別な・・・人があまり来ないような奥の静かな場所だ。
だからあたしは、突然の彼の登場にどう反応すべきか分からず思わず固まってしまった。



が、しかし彼はあたしとは対照にまるであたしがここにくると初めから分かっていたかの様に
特に驚く事もなくにこやかに挨拶をしてきた。
その落ち着き様をみていると、まるであたしを待っていたようだという考えも間違っていない
ような気がしてくるのだった。



覚えている。
この生徒は数日前にここであった "噂の優等生" だ。



あたしが固まっているのにもかかわらず男子生徒――トム・M・リドル――は
続けるように「おはよう」と笑顔で挨拶をしてきた。
少し笑われたような気がしたが、それほどあたしは間抜け面だったのだろうか。
彼の挨拶に遅れてとんでいた思考を戻したあたしは、警戒するように彼を避けると
まるでそこに人間なんかいないんだという風に無視をして本を探す。
なんとなく、・・・・・・彼に関わらない方がいい気がした。



「ねぇ、挨拶してるのに無視しないでよ。酷いなぁ・・・」



そういって困ったような顔をする彼。
でもその表情はきっと作り物だと、なぜか確信めいたものがあった。
騙されてはいけないと、自分の中で誰かが言っている。
ああでもなぜだろう。
その誰かの顔を、あたしは思い出せない。



「ねぇってば。・・・・君に話しかけてるんだよ?」

「なっ!?」



なんであたしの名前を・・・。
やっとこっちを向いたと笑う彼の笑顔はやはり作り物めいていて、あたしの中に不快感が募る。
多分彼はあたしがそれを偽物だと気づいていることを気づいているんだろう。
これも推測・・・でも確信に限りなく近い、一言で言えば勘。



からかわれているんだろうか。
笑顔を崩そうとしない彼は、あたしの方からボロが出るのを待っているようにも見える。
というよりも、空気で促されている感じがするのはあたしだけだろうか。
ああ、どうしよう・・・。



腹がたつ。



「あたしの態度と貴方の笑顔、どっちの方がひどいんだか・・・」



話さないようにしてたのに思わず出てしまった言葉。
それは小さく小さく呟かれた言葉だったが、彼を動かすには十分だったようだ。
空気が・・・少し変わったような気がした。
本能的にヤバイと感じるも逃げることができないのはおそらくこの空気のせいだろう。
ピリピリと今にも何かが爆発しそうな雰囲気が漂っている。



「・・・え。笑顔・・・って何のこと?」



「別に・・・何にもな」



い、と言いたかった。けどその声はドンッ!!という音にかき消される。



「―――ッ!!」



最後まで言い終わらないうちに背中に衝撃が走った。
襟首をつかまれ、本棚に背中を叩きつけられたのだと理解した時にはもう遅く
彼の異様に整った顔は目と鼻の先だ。
襟首をつかまれているのと叩きつけられたのとで息がし辛い。
さっきまで私は本棚の方を向いてたのに今は180度回転してしまっている。



目の前にいるのは間違いなく彼。
でもその顔にさっきまでの作り笑顔は・・・ない。
代わりにあるのはどこまでも冷たい・・・しかしどこかキレイな笑顔・・・。
氷のナイフのようだとふと思う。
今へたに彼を刺激すればあたしは八つ裂きになるような気さえしていた。



「驚いたよ。まさかこの学校の生徒で本当の僕に気づく人間がいたなんてね」

「それ、が・・・あんたの、素、顔・・・?」

「さぁ、どうでしょう・・・でも、君はもうわかっているだろう?」



ここは図書室でもかなり奥の方だから人が来る心配はあまり無いが、用心の為か
彼の話声は小声だった。



「皆馬鹿みたいだよね
 ちょっと笑顔をみせて親切にすればすぐに信用する
 僕が何を考えているかなんて、知りもしないで・・・」

「・・・・・」

「見破ったのは君が初めてだよ。褒めてあげる」

「いらないっ。それよっりっ・・・手・・っ・・放せっ」




そういうと案外素直に手が放れた。
あたしは重力に従いその場に崩れるように倒れると手で口を覆った。
一気に空気が肺の中に入ってきたせいで自分の意思に関係なくむせてしまう。



「うっ・・!ゲホッ・・・!ゴホッ・・ッ・!」



咳が・・・止まらない・・・。
背中の痛み、咳、呼吸のし辛さに自然と涙目になる。
そんなあたしを彼が冷たい目で見下ろしているのがわかって、早く立ち上がってやろう
と思うのだがそれとは裏腹に足に力が入らなかった。



「咳、止まらないみたいだね
 本当は聞きたい事も沢山あったんだけど・・・今は無理そうだし・・・
 そうだな・・・また今度、君が回復したらにしとくよ」

「だれがっ・・・!ゴホッ!!」

「無駄だよ・・・君は僕から逃げられないさ、」



そう、逃げられるわけがない。
繰り返すようにそう言った彼は「またね」という言葉と笑みを残して去っていった。



あたしは呼吸を整えると本棚に背中を預けてネクタイを緩める。
しまった、とんでもないものに関わってしまった・・・。
彼のような常に人の中心にいるような人物に目をつけられるだなんて
思ってもみなかったことだ。



あたしの何が、彼の興味を引いたのかは分からないがもう二度と関わりたくない。
どうせただの退屈しのぎにすぎないだろう。
握りこぶしを作ると苛立ちをぶつけるかのように本棚を叩いた。



一瞬で壊す

人の築いてきたもの

その壁を

いとも簡単に

自分のものだといわんばかりの横暴さで



「無駄な関係なんかいらないのに・・・放っておいてよ」



泣きそうになりながら呟いた言葉は果たして本音か。