...01...
私、浅葱鞠子には好きな人がいます。
その人は私のことなんかこれっぽちも知らないんだけど・・・・。
でも、いいんだ、それで。
なんていうのかな・・・・見てるだけで十分なんです。
というか、―――見てることしかできません。
実は私は人見知りが激しく、人に慣れるまでに多大な時間を要する。
そので友達は少ない。
初対面の人と上手くしゃべれないし、自ら話題を持ち出すことなんかもっての外!!
そんな私に好きな人と話せ?
いやいやいやいや、無茶言わないでください。
クラスの人ともあまり喋ることができないのに・・・・。
第一、できたらとっくに話しかけているのです。
そんな最高に小心者な私にも、ありがたいことに普通に話せる友達がいる。
それが今目の前でパックジュースを飲んでるこの人。
「あっちー、太陽出すぎ、オレ溶けそう・・・・」
高瀬準太だ。
判るとは思うけど一応言っておくと、私の好きな人は準太じゃない。
ちなみに更に言っておくと、準太の好きな人も私じゃない。
というか好きな人はいないらしく、毎日野球を頑張ってしている彼の恋人は、まぁ、野球だろう。
男女の友情なんかあり得ないなんていったのは誰か知らないが、残念でした、ここにあり得ています。
そもそも人見知りで極度の上がり症な私がどうして彼と知り合い、こんなに打ち解けたかだけど・・・・。
特別なエピソードなんてなくて、ただ1年生の時に同じクラスの隣の席だったというだけだ。
その時を思い出すと今でも恥ずかしいんだけど、私は話しかけてきた準太に対して
「あはは」とか「そーですね」ぐらいしか返せなかったのだ。
何が「そーですね」だ。
それじゃぁお昼にやってる某テレビ番組と同じじゃないか!
でも準太はめげずに、毎日毎日飽きもせず・・・・むしろ楽しそうに話しかけ続けた。
そりゃもぉ根気よくですよ。根気よく。
一度理由を聞いてみたことがあった。
「なんで私なんかに話しかけるの?つまらないでしょ?」って。
そうしたら準太はおかしそうに笑いながら
「お前みたいに面白いやつそうそういねーよ」
なんて返してきたのだ。
本人曰く、頑張って会話をしようとしてる私を見るのがものすごく面白いんだとか・・・・。
・・・・・・・・・・・・え、観賞用ですか?
と、まぁそんなこんなで努力の甲斐あって今では何の違和感もなく準太と話ができる。
冗談だって言い合えるようになったのは私にとっては奇跡に近い。
そんな奇跡であの人とも話ができるといいんだけど・・・・。
コトリと小さな音がして自分の世界から抜け出す。
どうやらジュースを飲み終えた準太が机の上にパックを置いたらしい。
ジュースパックは暑さのせいだろう・・・・汗をかいていた。
「なんでこんな暑いかねぇ・・・・」
「今日が特別暑いだけだよ。
昨日は涼しかったよ・・・・日は出てたけど」
「うー、そうだっけ?」
「そうだよ。覚えてないの?」
「思い出すのがめんどくせぇ」
「ねぇ、大丈夫、準太。
そのままだと部活行く前に体力使い果たしちゃうよ?」
「マジであり得そうなこと言うなよな。
てか、部活・・・・。
あー・・・・部活、なぁ・・・・・・・・?」
部活という言葉に反応して準太がこっちを意味ありげに横目でみてくる。
その視線の意味は分からなかったけど、訳もなく言葉に詰まってしまう。
何?私なんか悪いこと言った?
「、お前さー。
本当に慎吾さんのこといいの?」
―――ドキン
「なっ、なに言うの準太。
何回も言ってるじゃない・・・いいんだよこれで」
「はい、それ。オレには納得してる顔にはみえねぇよ。
むしろお前自分に言い聞かせてね?」
「時には言い聞かせも大切なの。
私は準太みたいに暑いしか言わない能力の乏しい子じゃないのです」
「なっ!?オレ乏しくないし!!」
「はいはい、わかってますよ」
「うっわー、何その適当なあしらい方」
「べっつにー?」
島崎慎吾。
それがわたしの好きな人。
この人をはじめてみたのはグラウンドだった。
放課後準太の忘れ物に気づいた私はありったけの勇気とほんの少しの親切心を持って
野球部が部活をしているグラウンドに行った。
そこで見た彼。
ただ単純に、野球をしている姿がかっこいいと思った。
太陽の日差しのせいか、ソコだけが私にはとても輝いて見えたのを覚えている。
野球のルールなんか全く知らないし、人の練習姿をよく見たのもこの時が初めて。
なのに私は彼のことしか、彼の練習姿だけしか目に入らなかった。
私が釘づけになりその場で固まってると準太がいつの間にか隣にいて私と同じ方向を見ている。
驚きで肩が跳ねたけど、気にすることなく準太は言った。
「へぇー、慎吾さんか」
「しんご、さん・・・・?」
「そ、あそこで練習してる人、島崎慎吾。3年生な」
「しまざき・・・・しんご・・・・」
「―――お前慎吾さんのこと好きになったんだろ?」
「えっ!?」
好き。
そういわれてようやく自覚したって言ったっていい。
ニヤッと笑う準太を見るのすら恥ずかしくて、私はうつむいたまま準太に忘れ物を突きつけて逃げた。
後ろで準太の笑い声が聞こえて余計に恥ずかしくなる。
というか恥ずかしすぎて涙目になってたと思う。
でもその時の私にはその笑い声にツッコミをする余裕すらなくてただ全力で逃げるだけだった。
無駄な抵抗。
だって次の日にはどうせ教室で会うのに。
次の日からしばらく教室で準太にからかわれた。
けどそれと同じくらい真剣に話も聞いてくれたりもした。
いやむしろ真剣に話を聞いてくれたことの方が多いかもしれない。
それくらい私の毎日はあの人のことでいっぱいだったのだ。
話したことも、ないくせに。
4階の図書室の窓からあの人の練習姿を見るようになったのも、丁度その時から。
そうして今日も、私は彼を見る。
大抵の人は本を借りるのが目的だろうけど、私の場合はそれはこじ付けにすぎない。
借りた本を読んで帰ろうと理由をつけて、しばらく窓側の席に居座る。
本に集中できなくて、チラチラとグラウンドに視線をやり、また本を見る。
調子のいい金属音がして、白球がぐんぐん伸びていく。
拳をつくり、見たかとばかりに友達に笑いかけている彼を見て、思わず笑みがこぼれた。
やっぱりカッコイイなぁ・・・・こっち見てくれないかなぁ・・・・。
なんて、無理なことを考えて次は苦笑。
見られたって、どうせまともな反応もできず逃げるだけだとわかっている。
小さくてもはっきりとわかるその姿が今の私の幸せ。
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