昨日の夜は・・・・帰ったら風呂に入り、すぐに寝てしまい一度夜中に目が覚めた。
部活後に自転車で色々な場所に行ったのは自分で思っていたよりも疲れていたんだろう。
ふと窓の外を見ればまだ暗くて時計を見ると3時だった。
なぜこんな時間に目が覚めたのだろうか。
いつもなら朝まで起きるということも無いというのに。
その時の俺は何かいいようのない不安に駆られていたように思う。
原因なんて分からない、何故か、今日は良くないことが起こりそうだと・・・・。
「隆也ー」
「ん?」
自転車置き場に自転車を置いていると後ろからの声がかかる。
何事かと振り向けばそれは楽しそうな笑顔で指を絡ませ、胸の前で組んでいるがいた。
なぜかおねだりポーズでこっちを見るに俺は顔を引きつらせる。
なに、そのポーズ。
「え・・・・おま、キモ・・・・」
「黙りなさい隆也。場を和ませようとしたあたしのこの努力をキモイって言うんじゃないよ。
きみそれはあれだよ・・・・失礼というヤツだよ」
「いや、だって本当のことだしな。ってか何?なんか頼みでもあんの?」
俺がそう言うとはパッと表情を変えて身を乗り出す。なにやらずいぶんと楽しそうだ。
「そう、そうなの!!あのね、あたし今日その辺をぶらぶらしといていいかな?
隆也が部活してる間・・・・校内見学だったり、近辺うろついたり!!」
「え?」
完璧に予想外の言葉だったというのもある。
の言葉が予想外すぎて驚いて動けなかったということも確かにある。
だがそれ以上に俺の中を占めていたのは・・・・・・不安、あるいは恐怖だとかそういった感情。
情けない話だがが近くにいないと怖いのだ。
そのまま、戻ってこなかったらどうしよう・・・・と。
「大丈夫だよ、隆也。あたしはちゃんと戻ってくるよ。そんなに心配しないで。ね?」
は俺の考えを見透かしたようにそう言うと、安心させるようににっこりと笑った。
効果はてきめんで、俺は仕方ないという風にオーケーの返事をした。
ずっと行動を縛るというのも・・・・酷いだろう、なんて。
「じゃぁ部活終わるころには戻ってくるから!!」
「おー。楽しんでこいよ」
「・・・・・・阿部?」
「!?」
聞きなれた声に驚き後ろを振り向けば自転車を押した花井と泉がそこに立っていた。
ああ、非常によろしくない展開だ・・・・。
「え、っと・・・・今なんか喋ってなかったか?誰かいた?」
「ん?あ、ああ、気のせいだろ」
「ふーん・・・・まぁいいけどなー」
適当に流してくれた泉に感謝しつつ3人で部室に向かう。
どうやら俺たちが一番乗りらしく、さっさと着替えを済ませているとあとから続々と
残りのやつらが入ってきて着替え始めた。
さっきまで静かだった部室は急ににぎやかになり、部員全員がそろった。
さてそろそろグラウンドに行こうかなんて考えている時、田島が興奮したように大声を出した。
「なぁなぁ!!昨日の心霊番組見た!?」
誰に問いかけるでもないその声は、おそらくここにいる全員に聞いているのだろう。
田島のその声に数人がちらほらと「見た見た」と、同じく興奮したように声を上げている。
ただ見ていなかった側の人間は何のことだと不思議そうに首をかしげている。
ちなみに当然の如く俺もその首を傾げる人間の一人だが・・・・。
もともと心霊番組とか、そういった類のテレビは見ないのだ。
信じていなかったから。
幽霊だとか、そういう存在は。
ありもしない空想だと、誰かの見間違いだと、あるいはテレビのやらせだと。
そんな風に思っていたので、心霊写真を見ようが恐怖は感じなかった。
むしろそんなことはあり得るわけがないと鼻で笑っていた人間なのだ・・・・・・。
つい最近までは。
「なんかさー、昨日のはすげー怖かった!!心霊写真とか恐怖体験とかやっててさー!!」
「あー、わかる、昨日のはいつものより怖かったよな!!なんていうか、妙にリアルだった」
「あの心霊写真怖くなかった?ほら、あの壁から・・・・・・」
心霊写真で盛り上がる田島を中心としたメンバーは、あれが怖かった、これも怖かっただの
当分終わりそうもない会話を繰り広げている。
見ていなかったメンバーも内容が気になるのか次第に話に混ざっていった。
俺はそれを少し離れた場所からみていた。
するとそれに気づいた田島がにっこりと笑いこういうのだ。
「なぁ、阿部は幽霊とか信じてねーの!?」
「俺は・・・・・・」
信じていなかった。
が実際目の前に現れるまでは、そんなことはあり得ないのだと思っていた。
思っていながらも・・・・あの時俺は願ったのだった。
一度でいい
もう一度でいいから
に会いたいと。
そうして幸か不幸か俺の願いは叶い、目の前に幽霊のが現れた。
信じているとか信じていないとかそういう問題ではない。
もう目の前に現れたのだ・・・・現実として受け入れる以外に何がある。
田島の問いには答えられずにいた。
ここで信じていないと言えば、の存在を否定することになるから・・・・。
ただ、信じているともいえなかった。
以外の幽霊がいるかなんて正直考えられないのだ。
この4日間と共に過ごしてきたが、以外の幽霊という存在はお目にかかったことがない。
俺には、しか見えないんだ。
「お前らは、どうなんだよ・・・・その、幽霊とか、信じてねーの?」
思わず話をそらしたが皆は気にしていない様子で、それぞれが「俺は信じてる」だの「いや、いない
んじゃないか?」だのと言って盛り上がっている。
自分から視線がそれたことにほっとした。
後ろめたさはないが、どうものことを考えてひやひやしてしまう。
俺はため息をつくと自分を落ち着かせるようにゆっくりと目を閉じた。
「でもさー」
その時ふと、声が上がって場が静かになる。
不思議とその声はよく通ったように思うのに、声の主が、俺には分からなかった。
それだけ自分を落ち着かせることに必死だったのかもしれない。
そうしてその声は、こう続けたのだ。
「よく幽霊とか見える人っているだろ。ああいう人達って不安じゃないのか?」
「・・・・・・・・え?」
「いやだってさ、その幽霊って自分にしか見えてないわけだろ?
他人に見えないものを、自分がちゃんと見てる・感じてるっていうのは・・・・なんていうか
自分の気のせいなんじゃないのかって思わないのかなってさ。
“目の前にいる幽霊は本当に存在しているのか”なんて、どうやって確かめんだよ。
だって自分以外には見えてないのに・・・・そんなの確かめようないだろ。
もしかしたら自分の気がおかしくなっているのかもって不安じゃないのかなってなー」
―――ドクンッ
心臓が大きく脈打った。
急に視界がぼやけたような気がして・・・・頭までぼんやりとしたような感覚に陥る。
背骨から冷たいものが這い上がってくると同時に、爪先から感覚がなくなっていく。
“ だって自分以外には見えてないのに・・・・そんなの確かめようないだろ。
もしかしたら自分の気がおかしくなっているのかもって不安じゃないのかなってなー ”
皆の会話が、入ってこない、聞こえない。
ただ聞こえるのは、早鐘を打つ自分の心臓の鼓動のみ。
そうだ
自分にしか見えていないもの。
それは言葉を換えれば他人には見えていないものだ。
10人中1人が「見える」と言い、残りの9人が「見えない」といったならそれは・・・・
それは自分一人の“気のせい”なのではないかと・・・・そういう不安が渦巻いてくる。
自分と正反対の意見が多いと人はそれにのまれやすいものだ。
じゃぁ俺は?
俺はどうなんだ?
は他人には見えていない、俺だけが見えている特別な存在。
“ え、っと・・・・今なんか喋ってなかったか?誰かいた? ”
それは
“ ん?あ、ああ、気のせいだろ ”
俺の気のせいという可能性も出てこないか?
嗚呼、こんなこと考えもしなかった。
あまりにも強すぎたへの想い。会いたいという願い。
それらが俺に幻覚を見せている可能性がないと、どうして言い切れようか。
見えない皆がおかしいんじゃない。見えてる俺がおかしいんだ。
信じれる?信じれない?どっちだ、どうなんだ。わからない、わからない、わからない。
俺以外に、存在を証明できるものなんか、ないんだ。
部活も終わり、皆が帰った薄暗い部室で俺は一人残っていた。
頭が痛い。自分が座っているのに立っているのか座っているのかがわからない。
ぐるぐると自分が回っているような気がしていた。気持ちが悪い。
部活の最中はミスが目立った。
いろんな奴に顔色が良くないと言われたが大丈夫だと言い張って練習をした。
迷惑を、掛けただろう・・・・。
おかしなやつだとも思われたかもしれない。
そう考えて、なぜかおかしくて少し笑ってしまった。
「隆也ー。いるのー?」
すると突然、彼女の、の声が部室に響いて身が強ばる。
どこからともなく現れたは自分の髪を軽く撫でて笑っていた。
頭が、痛かった。
「どうしたの隆也、こんな暗い部屋で・・・・なんかあった?」
「あ、ああ、なんでも・・・・それよりお前は?どこいってたんだ?」
「んー、いろんな部の部室とか、委員会の人たちがいたから近くに行ったり、あとは・・・・
その辺ぶらぶらしてた。近所とか」
「そうか・・・・楽しかったか?」
「うん、楽しかったよ」
そう言うとはまた自分の髪を軽く撫でて笑った。
その癖を知っていたのに、俺は自分のことでいっぱいいっぱいで・・・・
がどうしてそんなに悲しそうなのか気にする余裕もなかったんだ。
俺が俯いてと目を合わせないでいると、がたまりかねたように言う。
「本当にどうしたの隆也。何にもなかったなんて嘘だよね?言ってよ。
あたし、隆也の彼女なんだよ?」
本当に?
お前は本当に
なのか?
「お、俺は・・・・」
「うん」
「わっかんねぇ・・・・わかんねぇんだよ・・・・クソッ、なんで、急に、こんな」
あの時、すぐにグランドに行っていれば、会話を聞かなければ
こんな思いはせずに済んだだろうか?
自分の目の前にいるのは幻覚じゃない、本物のだとずっと信じていられただろうか?
情けない。声が震える。
掌に汗をかいて気持ちが悪かった。
最低だとわかっていた。こんなことをいう彼氏なんか、最低だと。
でも湧き出る不安と恐怖はとどまることを知らず俺の身体からあふれ出す。
怖い。
自分の信じていたものが、全部嘘だと、そんな現実が、ちらつくのだ。
「ねぇ、隆也・・・・」
静かに、部室内の静寂を守るように、そっとが口を開く。
「握手、しよっか」
「・・・・・・・・は?」
「あ、く、しゅ!!ほら、手出して握手しようよ、早く」
俺は差し出された手をただただ眺めるばかり。
そんな俺見ては悲しそうにしゃべりだす。手は、出したまま・・・・。
「なんで、握ってくれないの・・・・?」
「だってお前、透ける、だろ。握れるわけ・・・・」
「そんなの分んないじゃん!!!!」
突然の大声に驚いて顔をあげると、泣きそうな顔をしたがいた。
差し出した手は小さく震えている。
「でもお前、花井の体通り抜けてたし・・・・他にも、壁だって・・・・」
「自分だけは大丈夫かもしれないって、思ってくれないの?
隆也、隆也、気づいてた?隆也、あたしが現れてから一度も・・・・
あたしに触れようと、してくれてないんだよ」
「っ!!でも、自転車は一緒に乗っただろ」
「あれはあたしが腕を回したんだよ。ねぇ、握手、してくれないの?
隆也はあたしに触れたいと思わないの?ねぇ・・・・」
は目にいっぱいの涙をためて、俺の目をしっかりと見据えた。
「あたしは、ここに居るんだよ」
今にも泣き出しそうなか細い声を聞いた瞬間、俺の中で何かが切れた。
俺は立ち上がるとの真横で一度立ち止まる。
「悪い・・・・頭、冷やすわ。先、帰るな」
あとはもう早足で、急いで靴をはくと部室のドアを勢いよくしめた。
は最後まで手は出したままだった。
震える肩。今にも泣きそうな顔。
それでも泣かまいと必死に唇を噛んでいる姿。
目に焼き付いて離れない。
俺は閉めたばかりのドアにもたれかかると、ずるずるとそのまま頭を抱えて座り込む。
「あああぁああぁぁぁあぁぁあああぁぁぁあ!!!!」
どうしようもない
痛みが
悲しみが
怒りが
体の奥底から まるで泉のように湧き出てきて、それは勢いを増して止まることを知らない。
オレは全てを吐き出すように、体の中にうまれた黒い靄を分散させるように、
喉が破裂するぐらい、とにかく、ひたすらに叫んだ。
現実は、変わらない。
なぁ、神様、聞こえてんだろ?
泣きたいときは言えと
人は言うんだろうか
あたしには
流すことができる涙も
泣きつく胸もないというのに
誰かあたしを抱きしめてください
本当はいつだって
泣きたくて仕方がないのです
5day→
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