全ての物語がハッピーエンドを迎えるわけじゃない オレはそれを身をもって知った
The first day

(願わくばこのままのストーリーで、ハッピーエンドを)





一体誰がこんなことを想像できただろうか
その事件はあまりにも急に
しかし初めから決まっていたかのように何の躊躇も無く訪れた



オレの彼女、は突然この世を去った
しかも、オレの、目の前で



―――じゃぁね、隆也、また明日



笑顔でそういった彼女
手を振って、当然のように明日があると思い、ただ、無邪気に・・・・・・
横断歩道を渡る彼女の背中を見ながら、何故か無性に、後を追ってに抱きしめたい衝動に駆られたあの時
どうしてそうしなかったのか・・・人目が気になるというくだらない理由のためだけに…
それだけの理由でオレは彼女を抱きしめに行かなかった



そうして、二度と彼女を抱きしめることができなくなった



―――キキーッ!!ドンッ・・・!!



文字にするとそれはあまりにも単純で現実味の無いもの
だが目の前で起こったことは紛れもない現実リアル



全ての音が消失し

全ての動きが停止した



弧を描くように飛んだ彼女の体は、気がつけば地面の上
その体からは、一体どこにあったんだと疑いたくなるほどの血が・・・流れ出て・・・・・・

赤

赤赤赤

目が、痛い
鼻を突くような鉄のにおいに吐きそうになる
ありえない、絶対に、ありえない



人のざわめき
車の音
サイレン
何もかもが雑音にすぎず、幸福な気持ちは霧となって消え去る



―――・・・?



呼んでも返ってこない言葉
既に黒くなりつつある赤
嗚呼、なんだこれは、オレは今どこにいる?
嘘だ嘘だ嘘だ、これは、こんなのは、きっと夢だ・・・・・・
悪い夢を見ているんだ、そうに違いない
でなけりゃこんな・・・・・・こんなこと・・・



目の前の光景が信じられなくて、ただ頭を抱える
早くこんな悪夢なんか終ってしまえと思うけど、覚めない
それはこれが現実だという証
頭が痛い、目が回る



これは、きっと、夢だ・・・・・・















「阿部」



ハッと我に返って顔を上げると、目の前には心配そうな顔をした花井が立っていた
何度もオレを呼んだのか、肩には手が置かれている
軽く揺さぶられたのだろう、頭が、くらくらした



「阿部、式、終ったぞ」

「ん、・・・ああ、式・・・・・・そうか、終ったのか、そうか・・・」



そうか、今は葬式の最中だった・・・誰のって、それは、勿論・・・・・・



「夢オチは、期待するだけ無駄、か」



自嘲を含んだ声でそう呟くと花井が怪訝そうな顔をした
どうやら聞こえていなかったらしい
オレはそんな花井に気づかないフリをして、クラスのやつらに別れを告げると
一人で帰路についた。皆の視線が、たまらなく痛かった



あいつらから見たら、今のオレは「交通事故で彼女を亡くしたかわいそうな彼氏」
というポジションにいるんだろう。実際そうだし、否定もしない
すきに思えばいい
存分に同情すればいい
同情されたって、どうせあいつは帰ってきやしない



空は憎らしいほどの青空で、油断すれば日射病になりそうなほど太陽が照り付けていた
オレの額から浮き出た汗が、頬を伝って、アスファルトに落ちる
それはすぐに蒸発し、消えてなくなってしまう
オレはそれを無言で眺めると、再び歩き出す



人通りの少ない道をあえて選んで歩いた
今は人通りの多い場所を歩く気分でもないし、歩けば気が狂いそうだった
できれば誰にも会いたくない
そういう衝動に駆られていて、そのときのオレの顔は死んでいただろう


オレは後悔する
なぜあの時抱きしめなかった?
なぜあの時すぐに動けなかった?
駆け寄って、抱きしめて、大丈夫かと声をかけてやれなかった・・・
自分がこんなにも弱い人間だとは思いもしなくて
ただ、現実を受け入れたくなくて、夢から覚める方法ばかりを考えていた



でも結局、夢は覚めなかった



やっと彼女を抱きしめることができたオレを、すぐにサイレンが引き離す
やめろ、頼む、待ってくれ、まだ、この腕で・・・・・・



思い出すだけで、その場が再現されるかのような感覚に陥る
手も服も、べっとりと赤がついて
蒼くなっていく彼女の顔に涙を落す



その場面から逃れるように、オレは自然と早足になった



―――隆也!



もう一度、会えたら、どれだけ幸せだろうか
一目だけでも見てみたい
一言でもいいから声が聞きたい
せめて、もう一度だけ・・・・・・



そこまで考えてふと我に返る
ありえないことだ、そんなことは、絶対に・・・あるわけないんだ



―――あのね、今日お弁当作ってきたんだよ!



けど、瞳を閉じれば闇に浮かんでくるのはアイツの姿
頭に響いてくるのはアイツの声
手に残っているのはアイツの温もり



どんなに強く望んだとしても、決して叶わない願い
それでもオレは愚かだから、望まずにはいられないんだ



―――あー、どうしよう、隆也大好きだー!



嗚呼、やばい





めちゃくちゃ会いたい























「隆也」























思わず、歩みを止めた
聞こえるはずの無かった声が、後ろから聞こえてくる
なんだこれはなんだこれはなんだこれは、・・・・・・なんなんだ
オレの頭の中からそのまま出てきたように、記憶と少しも違わない声
汗が、アスファルトに落ちる



あの時とは違う意味で、全ての音が消失し、全ての動きが停止した
その停止した世界で、オレは動く
ゆっくりと、ゆっくりと、後ろを、向いた



なんだ、これは



背後には、笑顔のが立っていた
そう、何も起こっていなかったかのように、あの時の笑顔のままで
目頭が、熱くなった



「なーに泣きそうな顔してんの、隆也」



嗚呼、とうとう頭、おかしくなったかな・・・



「・・・・・・?」

「はい、さんですよ」



当たり前だろうとでも言いたいかのように
でもそれでも、どこか楽しむように笑って、はこっちに近づいてきた
これは、夢か?それとも、現実か?



「現実だよ」



オレの心を見透かしたかのように、が答えた
頭が追いつかない、今一体、何が起こっているんだ?



「な、んで・・・おま、死ん・・・・・」

「うん、死んだ、死んじゃったよ、あたし死んじゃった
 でもね今ここにいる。さて、何故でしょう」

「・・・・・・・・・本物、か?」

「失礼ー!!!本物だよ!まぁ、幽霊なんですけど」



“死んだ”
“幽霊”
その言葉が、やけに胸に刺さって、重く重く、沈んだ
でも、目の前にいる彼女はそのもので・・・・・



「本当に、?」

「だから、そうだって言ってるでしょう!!!」

「ハ・・・ハハッ、んだよそれ、ありえねぇ・・・
 だって、そんな、・・・・・・」



どうなっている?
いつの間にかオレは夢を見ているのか?
夢。現実。もうわけわかんねぇよ
さっきまで会いたいと請い願っていたくせに、実際に会うとこれだ
自分という生き物が滑稽に思えて仕方が無い



信じられないという顔でいると、あいつは気まずそうに頭をかいた



「・・・まぁ、驚く気持ちも分かるよ
 あたしだってまた会えるなんて思ってなかったし・・・・・・
 でもね、無意味に出てきたわけじゃないんだ、本当に」

「・・・なんで、ここに、いんの?」

「やり残したことがある、・・・というより、心残り
 それはあたしだけじゃ絶対に解決できないこと、隆也がいないと絶対に無理なこと
 だからあたしはここに来た、また隆也に会いに来たの」



そういってからは、自分の髪を軽く撫でて笑った
それは、が悲しいと思ったときにする癖だ
嗚呼、本当に本物なんだなと、思った
その癖は知っている、よく知っている
でも、いつもなぜ悲しいのかがよく分からなかった・・・情けないことだ
そうしてそれは今でも、例外ではない



嗚呼、現実なんだと、どこかで認める自分がいた



オレが無言で立っていると、は拗ねたように「手伝ってくれるの?」と聞いた
勿論、オレじゃないとその心残りを無くせないというんだから、手伝うしかないだろう



「あぁ、いいよ、手伝う」

「本当?ありがとー!助かったー
 隆也が手伝ってくれないとあたし消えちゃうところだったんだ」

「・・・・・・・・・え?」



今、なんていった・・・・・?
消 え る ?
またしても固まってしまったオレに、は笑顔でいう
他人事のように・・・・・・



「あたし、本来なら死んで地獄にでも天国にでも逝っちゃうんだけどね
 どーしても心残りがあるから、ここに帰してもらったの
 ああ、誰に帰してもらったとか、そこら辺はさ・・・・・・
 自分でも記憶がぼんやりで分からないんだけどね」


そういうとまた、笑いながら髪を撫でた



「うーん・・・・・・それでね、7日間時間を与えられました
 その7日間のうちに心残りが消えなかったらさ、消されちゃうんだよね、参ったな」



は、参ったという風には見えない顔でそういった
つまり・・・だ、が消されるかどうかは・・・・・オレにかかっている、と



背中に、変な汗が流れた



オレに、かかっているんだ
こんな不甲斐ないオレに、のこれからが、かかってるんだ
よく考えたらこれ・・・・・・物凄く重くて、物凄く恐いことなんじゃないのか?



「ちなみに心残りの内容は言えない事になってるから
 まぁ、そんなに身構えずに気楽にいきましょうや
 とりあえず、これからしばらくはお世話になります」



オレの緊張をほぐすように、はそういった
そのおかげで少し肩の力が抜け、に再会して初めてオレも笑顔になれた
それはぎこちない笑顔だったけれど・・・・・・



想像もしていなかったんだ
お前が再びオレの前に現れることも
これからの7日間の生活も
想像するのが、怖かった















ねぇ隆也

あたし貴方にもう一度会えて本当に嬉しいんだよ

だけどね

ごめんね

あたしやっぱり

隆也を幸せにすることなんかできないんだよ

握り締めた拳に気づかないでいてくれてありがとう




2day