「キスはもうしたの?」



えー、ある晴れた昼下がりなんていうドナドナ的な音楽が流れてきそうな今日の昼休み。
お互い無言でお弁当を食べていたその時、核爆弾以上の破壊力を持つその言葉は投下されました。
千代ちゃんの言葉に驚いたあたしは飲んでいた烏龍茶を少し噴き出す。



「ゴホッ、ゲホッ、・・・・・・ちょ、千代ちゃん!?」



主語が無くても分かるのは喜ぶべきことか、悲しむべきことか・・・。



「ああ、ごめんね、何と無く気になって。
 だってちゃんと阿部くん付き合ってからも前と変わらないから・・・どうなのかなって」

「ど、どうって・・・変わらないよ?」



そういいながらも動揺を悟られない様に顔を下げると烏龍茶を飲んだ。
ええ悲しいですが事実です!!
阿部と付き合ってから早1ヶ月・・・進展という進展は兆しすら見えません。
そりゃ・・・手はつないだりとかする、けど、さ・・・・。
やっぱりやり取りは付き合う前と変わらない状態で、不満、というか不安が無いといえば
嘘になるけれど、まぁこれがあたし達だよねと一人納得していたり。



でも周りはどうやらそうじゃなかったらしい。



さっきの話題に聞き耳を立てていたのか、クラスの女子達がいっせいに机を取り囲んだ。
あたしは座っているから必然的に見下ろされる形。なんかリンチにでもあってるみたいだ。
助けを求めるように目の前の千代ちゃんに視線をやれば返ってくる笑顔。
・・・・・・え?ちょ、何その笑顔。さん、まだキスしてないの!?」

「もー、じれったいなぁ!!!!
 やっと付き合ったんだから勢いに任せてしちゃえばよかったのに!!」

「っていうか変わらないってどういうこと!?」

「え、いや、あの・・・」

「さん、ダメだよそれじゃ!女は時に積極的にならなきゃ!」

「えー、でもやっぱ最初は彼氏からしてもらいたいでしょー」

「あー、わかるわかる。女は誘う側だよね」

「さっ・・・!?」



ついていけないついていけないついていけない!!!!!
おかしい、明らかおかしい、当の本人を放り出して会話が弾んでる・・・なにこれ。
あのすみません置いていかないでください、ちょっと!!
あたしが口を挟めずにいる間も話はどんどん進んでいって・・・
ついに千代ちゃんが手を叩いてこういった。



「わかった!
 要するに阿部くんがちゃんをみたらキスしたくなるようにすればいいわけだよね?」



よくねぇよ。
結論そこにいくの千代ちゃん!!?気づいて、自分が何も分かってないって気づいて!
顔を引きつらせている間にも彼女達からは歓声と拍手が上がる。
この昼休みの彼女達のテンションはどういうことだ。
男子達が何事かとこっちを向いてくるのがまた恥ずかしい・・・。
唯一の救いは、野球部員と屋上でお弁当を食べている阿部がこの教室にいないことだ。



そこでふと我に返ればニヤリと笑う彼女達と目が合った。
・・・・・・・・・・・・・・あー。



「あ、・・・あいたたた、あれ?おかしいな、お腹いたくなっちゃったでございます!
 ってことで、あたしは早退・・・」

「ごめんちゃん、逃がさない」



ガッツリ肩をつかまれ立つこともできなくなったあたしの正面には、にっこりと可愛い
顔で笑う千代ちゃんの姿。ただ、その笑顔が、今日は、怖い。
あっという間に数人の女子によって拘束されたあたしはもう逃げられない。



「おーい、イジメ?これはイジメなのか千代ちゃん、リンチとかそういう感じなのかい?
 愛情表現が間違った方向に向かってませんか?」

「さん、あたしらはさんと阿部くんの仲が上手くいくようにって・・・
 さんのためを思っての行動なんだよ?」

「嘘ですやん。顔に『面白いものみつけた』って書いてあるもん!」

「それはこの際無視して・・・」

「否定しないの!?しようよそこは!なんていうか人間のモラル的に!!」

「あー、ごめんカタカナとか使わないで、あたしら日本人だし」

「日本人しかカタカナ使わねぇよ!!」

「はーい、黙ろうかー。あ、千代の鞄漁るねー」

「いいよー、あ、あたし隣から必要なもの借りてくる」

「オッケー」



あたしは全然オッケーじゃねぇよ!!!!
だからなんで本人置いて話進むのさ!?っていうかマジ動けん、力強い!
彼女達のこんな細腕のどこにこんな力があるのかと疑いたくなるぐらい力が強い!!



恐る恐る顔を上げて肩を抑えている彼女を見上げる。



「え、ちょ、嘘だよね?何もしないよね?」

「、・・・・・・覚悟決めろ」

「“さん”とれた!!呼び捨てになった!!嬉しいけど嫌だ!!
 今この状況で親睦が深まるのが激しく嫌だ!!!!
 ちょ、何ポーチとかとり出してんの!?嫌だ嫌だ嫌だ!!化粧いやだって!
 なんかこう、息苦しいじゃん!!肌死ぬ!つかむしろあたしが死ぬ!!」

「えー、何してんのー!?うちらも混ぜてー!」

「混ぜねぇよ!!」

「いいよー、どんどんいじってやってー」

「よくねぇよ!!って、あ、ちょ、ふざけ・・・触るなぁあああああ!!」



あたしの絶叫も空しく教室に響き
それを見た男子が面白そうに声を上げて笑っていたのはやけに印象的でした。
とりあえず・・・逃げられない!!!




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