―――時を同じくして屋上。 「あー!食った食った!!」 「田島はいっつも食った後幸せそうだな」 「えー!?俺だけじゃないだろー!?三橋だって嬉しいよな!」 「う、うん・・・!俺、嬉しいよ!!」 「ほらなー?」 「あー訂正、訂正、“お前らは”だった」 花井の呆れたような言葉を受けながらも田島と三橋は関係ないという風に喋っている。 俺はとっくに食い終えていたから、弁当を片付けながらその会話を聞く。 すると隣にいた水谷が牛乳パックのストローから口を離し、思い出したように言う。 「あ、そーいや食べてる最中なんか叫び声聞こえなかった?」 「叫び声?」 「うん、なんかの声に聞こえたんだけど・・・どう、阿部?」 「あ?何で俺にふるんだよ」 「お前らが付き合ってっからだろ」 そういうことじゃなくてだな・・・!!と言いたいのを我慢して飲み込む。 そりゃ付き合ってっけど、あいつの話題一々ふってこなくてもいいんだよ。 ただでさえ教室帰りゃクラスのやつらの視線が痛いってのに。 もう付き合って1ヶ月だぞ?そんなに興味って続くもんなのかって、正直少し驚いた。 まぁそんなことはおいといてだ。叫び声なら聞こえた気もする・・・。 確か「触るな」とかなんとか、そんな感じだったような・・・。 けど屋上まで聞こえるって・・・どんだけ叫んでんだよアイツは! というか、普通に昼休みを過ごす中で何をそんなに叫ぶことがあるか、だ。 「何やってんだか、アイツは」 思わず口に出して顔を上げれば、目の前に田島の顔があって思わずのけぞる。 と、ガシャンという音がしてフェンスに頭をぶつけてしまう。地味に痛い。 コイツ本当に気配無い・・・!!! 痛みに耐えながら田島を睨むが、なんてことは無い顔でこっちをじっと見つめている。 そうやって見つめられることに何故か耐えられなくて、無意識のうちに背筋が伸びた。 「なぁ、阿部って・・・」 「な、なんだよ」 「とキスしたの?」 「ブッ!!!!」 水谷が隣で牛乳を噴出したのをみて、コイツも実は気になってたようだと分かる。 いや、水谷だけじゃなく心なしか全員が動揺しているように見えるのは気のせいか。 決して俺と視線を合わすことなく、不自然にどこかに泳がせている。 おまえら、分かりやすすぎ。 関係がないと突っぱねようとしたが、田島の目を見ると何故かそれも言えなくなってしまう。 結局俺は「あー」だとか「えー」だとからしくない意味の分からない言葉を発した後、 諦めて頭をかくと眉間にシワを寄せて答えた。 「まだ、だよ」 「まだ!?」 「んだよ」 「えー!だって付き合って1ヶ月だろ!?まだってどーいうこと!? 俺ならソッコーする!!」 「聞いてねぇよ!!!!」 つかソッコーって・・・。いいのかそれ。 まぁ確かにちょっと疑問に思ったりもしたけど・・・付き合う前があれだし、 付き合ってからも別段そういう雰囲気にならなかったから、な。 正直妙に照れくさいというか、そういう空気をつくれないというか。 確かに付き合う前に抱きしめたりとかはしたけどあれは必死だったからできたことだ。 だいたいどのタイミングで、そんな・・・。 「なーなー!!いつすんの!?したら報告よろしくなー!」 「はぁ!?誰がするか!!!!」 「それってキスを?報告を?」 「るせぇよ!!」 「あ、でもさ、あんましないと女の子って不安になるんじゃないの? いくらでも女の子だしねー」 そう言う水谷の声に思わず固まる。不安・・・?そう、なの・・・か? 「あー、分かる!!多分不安になってるって!!! だから阿部、早くキスしてやれよなー!」 「な、ん、で、お前に言われなくちゃいけねーんだよ!!」 「いててててて!!!阿部!!頭いてぇよ!!いーてーぇー!!」 田島が叫んだその時だった。 バンッ!!!!! いきなり屋上に大きな音が響いたかと思うと、入り口のドアが勢いよく開かれた。 思わず田島の頭にやっていた手を離してそっちをみれば、女子が集団で―― しかもよく見ればうちのクラスの女子が多い――屋上に入ってくるじゃないか。 屋上にいる者は何事かとそっちを興味津々で見ている。 かくいう俺もその内の一人なんだが・・・。 女子達は階段の方を向いて何事か話している。 そうしているうちに篠岡が顔をだしたかと思うと、きょろきょろとあたりを見だす。 何をやっているんだと呆れていればバッチリと視線があって、なぜか、笑われた。 ・・・・・・え?ちょ、何その笑顔。 「はーやーくー!!ちゃん!!」 「無理無理無理絶対無理!!!!こんなの拷問、ってかイジメ反対ー!!」 「いじめじゃないって失礼な!!あたしらの努力を無駄にすんな!」 「無駄になってしまえこんな努力!!ちくしょうふざけんな可愛い子たちめ!! 閣下ー!!閣下助けてくださいー!!本当無理だから、まじで、全力で!!!! 生きていけない生きていけない、酸素足りない、息苦しい、あああああああ!!!」 ・・・・・・何やってんだアイツ。 声しか聞こえないが、見なくてもアイツがどれだけ必死かが分る。何に必死かは知らないが。 そうして何故あいつの声は、これほどまでに危機迫っていながらどこか面白いのか。 あそこにいるのは自分の彼女だが、正直とっても関わりたくない。 「あー・・・阿部?なんか彼女さんみたいだよ?」 言うな栄口。俺は今この瞬間その事実を全否定しているんだから。 「ほら、阿部くん待ってるよ!!」 お れ か ! ? っていうか待ってねぇよ!!何の話だ!! 「ヤツが待ってるわけがない!!嫌だ!!今このまま出るぐらいならあたしは輸血で 体内の血を一滴残らず提供する!!」 俺はゼッテーそんな彼女の葬式なんかいかねぇぞ。 「もう、自信もってっっっ!!」 「お、わっ・・・!?」 おそらく後ろから押されたんだろうが入り口をくぐって勢いよく出てきた。 こけそうになりながらも、なんとか持ちこたえたアイツだったが・・・。 残念なことに、俺たちは入り口の近くに居たので簡単に近づいてしまった。 それに気づかずに顔を上げたを見て・・・。 (―――っ!!!!) 不覚にも言葉をなくす。 肩より少し長い髪は巻いて、丁寧に整えられている。前髪もいつもと分け目が違う。 顔だって化粧がしてあるのだが、その中でも一番目立っているのは桜色のグロスがついた 唇だった。派手すぎず、けれど地味すぎない。一番、に合う色だと思った。 普段化粧なんてしてなくて、髪も巻いていないからこの変化には驚いた。 化粧で人間ここまで変われるものなのかと・・・女は怖い。そうして何より・・・ (やばっ・・・え、可愛い・・・っ―――) 「あ、阿部・・・?あ、あの、これ、これはね!皆にいじられて、その・・・ なんでこうなったかは、言えないんだけど・・・あたしの意思じゃなくて!! ほ、本当似合わないっていったんだけど、なんか無理やり・・・」 「いや・・・」 「え、ぁ?」 「いや、別に・・・似合わなくは、な、い」 これは本心。だけど情けないことに驚きすぎて固まってしまった俺は、途切れ途切れに その言葉を出すのがやっとだった。 ああ、なぜ俺はもっと「似合う」だとか「可愛い」だとか、そういう言葉が上手く 出てこないんだろうか・・・。自分で自分が嫌になる。 でもはそれでいくらか安心したのか、緩んだ表情で「そ、そっか、よかった」と 息を吐き出した。ああ、やばい、本当に可愛い。 「阿部ー!素直になれって!!」 「っ!!るせぇ田島!!お前らもこっち見んな!!!!」 自分の顔が赤いだろうことぐらい分る。 だからこそ余計に、部員がこっちを見てるのが嫌で嫌でしかたが無かった。 女子も男子もニヤニヤ笑っていることに気づかないのか、は依然てれた様に 俯いて、それでも嬉しそうにしていた。 だから、やばいって・・・・・・。 その時都合よくチャイムが鳴る。俺はそれを口実に笑っているやつらを入り口に追いやる。 「おら、チャイム鳴ってんだろーが!!お前ら掃除行け!!!!」 「えー?もうちょっと見ておきたかったのにー残念だねー」 「ねー。あ、阿部くん、後でと一緒に写メとってあげるよ」 「いらねーよ!!!!早く行け!!」 俺がそういうと名残惜しそうに皆が屋上を出て行く。 俺は野球部員の後ろにつくと、の前まで歩いていった。 が顔を上げる。目が合う。笑う。 「ありがと」 「何が?」 「“似合わなくない”って言ってくれて。 阿部がそういうってことは“似合ってる”ってとっていいの?」 「好きにしろよ」 「・・・・・・・ん」 前を見れば野球部員のやつらと結構距離ができていた。 「おら、行くぞ、掃除始まる」 「ういー!遅れたら担任がうるさいもんねー」 嬉しそうに、楽しそうに笑いながら俺を見上げた後は歩き出す。 俺もと一緒に、隣を歩くと入り口に向かった。 けれど数歩歩いたところで立ち止まる。 「」 「ん?」 その瞬間俺は、立ち止まったにキスをする。時間が、止まった気がした。 軽く触れるようなものしかできなかったが、かなり恥ずかしい。一瞬だからこそ こういうことは恥ずかしいものだ。 俺は赤くなった顔をすぐに背けると階段を下りだす。言葉はさっきより乱暴だ。 「っ!ほら、いくぞ!!・・・・・・?おい、?」 振り返れば階段の数段上で赤くなったまま固まってこっちを見ているがいて。 よほど恥ずかしかったのか自分の服をぎゅっと握っていた。 その姿がおかしくて、可愛くて・・・自分が恥ずかしかったことなんか吹き飛んでしまう。 俺は少しだけ笑うと数段、階段を上る。 「」 「っ!!!!」 驚いたようにこっちを見るがまた面白くて、手を差し伸べながらまた笑った。 「ぅ、あ・・・今、・・・」 「掃除、行くぞ」 必死に頷きながら俺の手を取るをみて、まぁあいつらのおかげかもな、なんて思う。 つないだ手の温度が、いつもより高かったのは、俺の気のせいじゃないだろう。 そうして空は、やっぱり雲ひとつ無い青空だった。 彼女と彼とその後の1歩 (おーし、授業始めるぞー、って・・・転入生?)(ですぜ、担任さんよ) |