こんなにも叫んでるのにどうして聞こえないの お願い、聞こうとしてよ Draw The Curtain:05 「あれ、おいどうしたリドル。昼飯食いにいかねぇの?」 「ああ、ごめん。なんか先生に呼ばれてるから先に食べておいていいよ。 僕は後から適当に食べるから」 「んーわかった。じゃぁな」 「後でね」 そう言って彼の友人が薬学の教室の扉を閉めると、教室には話し声など存在しなくなった。 まるでこの教室には人なんていないのではと思わせるほどの静寂。 しんとした沈黙と、地下独特のひんやりとした空気に思わず体が震えた。 教室から彼の友人が十分に遠ざかったのを確認すると、彼はゆっくりとこちらを振り返った。 楽しくて仕方がない、という風に口元に笑みを張り付けて。 「で、僕に何か用かな?」 「わざとらしい・・・わかってるくせに」 「さぁ、なんの事だか。僕の予想は外れているかもしれないから君から用件を言ってほしいな。 例え背中に受ける熱い視線が“教室を出ていくな”と言っているのがわかったとしても、 生憎僕はその視線から話の内容を察することはできない。神様でもないからね」 そういって笑うリドルはやっぱり綺麗なんだけれど、どうも憎さの方が勝ってしまう。 わざとらしい、ともう一度言ってやりたかった。 あたしはひんやりとした教室の机に腰掛けてリドルを睨むように見る。 けれどそんな視線すら何とも思ってない様子のリドルは、あたしと同じように机に腰掛けた。 おいおい、優等生さんよ、机に座っちゃうのかお前。 長い脚を組んでさぁ話してみろと言わんばかりの空気を醸し出すリドルからは余裕が窺えて、 あたしはごくりと喉を鳴らした後ぎゅっと拳を作った。 その時握った掌は相当冷たくて、ああなんだあたし緊張してるのかとぼんやりと思う。 そうだ、あたしはリドルが怖かった。 人を弄んで、嘘くさい笑顔を張り付けて、自分が楽しめれば他人の不幸なんて気にしない男。 あたしはそんなリドルが憎くて憎くて仕方なかったのだけど、同時に酷く恐怖していたのだ。 ああ、壊される。そう思ったから。 初めて会った時、この人はあたしが今まで築いてきたものを、あたしがしてきたすべての行動を ぼろぼろにぶち壊す人だと・・・破壊する側の人間なのだと悟ってしまった。 「君もこれを読むの?僕は後でいいから先にどうぞ」 その裏側に隠れた苛立ちに。温かな笑顔の裏の氷のような表情に。 あたしは確かな恐怖を感じたのだ。 本来なら自分から関わるべきではないのかもしれない。 けれどあたしはどうしても我慢ならなかったのだ。聞きたいことが、ある。 「脅してまで、ペアを組ませた理由を、知りたい」 「そんなの・・・君が予想している通りだよ、。 面白そうだから。それ以外にいったい何があるっていうんだい?」 ほら、壊される。 「人と関わらないようにしている君がかわいそうに思えてね。 僕がほんの少し注目を集めてあげただけさ。よかったね。明日からは・・・いや午後からは 君はきっと注目の的だ。おめでとうおめでとう」 ぱちぱちと手を叩くリドルはやっぱり氷のような笑顔だった。 ほら、壊される。容易く、どんなに高い壁を作っても、どんなに硬いバリアを張っても・・・。 するりと突破してくるんだ。自分の快楽のために、それをぶち壊す。 そうして人が苦しんでいる姿を見て楽しんでいるんだ。ああ、なんて悪趣味。くそくらえ、だ。 「やっぱり・・・」 「予想通りだった?」 「それ以外に考えられないってば悪趣味男。本当に大嫌いっ」 吐き出すようにそう言い捨てると教科書を持って早足に教室から出ようとする。 すると数歩歩いたところで、リドルの冷静な制止の声が聞こえた。 恐る恐る振り向けばこっちを見ずに、さっきまで私がいた場所をぼんやりと眺めているリドル。 どこを見ているのか分からないけど、口だけは嫌にはっきりと動くのが見て取れた。 一文字一文字、大切にするように、言葉を吐き出す彼。 「。君はまだ、本当に聞きたいことを、聞けていなんじゃないのかい?」 「・・・」 「―――逃げるな」 「っ!!」 背筋が凍るかと思うほど、その言葉は重くて、指先は冷たさのあまりしびれ始めた。 もう嫌だ、怖い。リドルが怖い。憎くて怒りがふつふつとわきあがってくる。 けどそれ以上に怖い。お願い、これ以上あたしのテリトリーに入ってこないで。 土足で、踏みにじるように、面白がってはいってこないで。 貴方はあたしの事を面白いというけれど、本当はなんの取り柄も面白みもない人間なの。 お願いお願い、あたしに関わらないで。辛くて辛くて泣いてしまいそう。 それでもリドルの言う通り、あたしにはやっぱりまだ聞きたいことがあったから。 だから指先の痺れすら気にせずに、リドルに話しかけることができたの。 絞り出した声は、自分でも驚くくらい小さくて頼りない声だったけど。 「何・・・?」 「何が」 「何を、言うつもりだったの・・・?」 組まなければ“あの事”を皆に言うと言った。 あの事って、何? こいつは何を知っているの? それは、ばらされると、あたしが、困るようなこと・・・? ぎゅっと目を瞑ると息を吐き出しゆっくりと目を開けた。 緊張しすぎて、冷たく痺れる手に汗をかいていることが分かった。 そんなあたしを見て、リドルは綺麗に笑ってみせた。 「別に何もないさ。ただそう言えばは僕と組むだろうなと思っただけ」 もう言葉も出ない。いったいなんだというんだ。 あたしは近くの机に教科書を叩きつけると荒い息を吐き出しリドルを睨みつける。 すると静かにこちらに歩み寄ってきたリドルはその冷たい手であたしの頬を触った。 「駄目だろう。すぐに冷静さを失っちゃ。君はすぐに怒って我を忘れる。 そこが君の悪い点だ。そんなんじゃミスだって引き起こしやすいよ。怒りは破滅しか招かないんだから」 「う、るさいっ!!あたしに触るなっ!!」 手を弾こうとすると、頬に触れていたリドルの手がそれを止める。 手首をつかまれ力を入れられると意外にも痛くて息が漏れた。 こんな細くてもやっぱり男子。悔しいけどあたしなんかより全然力が強い。 ぎりぎりと手首を締め付けられたまま、リドルの顔がずいと近づく。 反射的に避けようと思っても背中はいつの間にか壁で、あたしに逃げ場なんてなかった。 あ、なんかデジャヴ。図書室でもこんなことあったな。 あの時は首が圧迫されてたんだけど・・・。 「離れてっ!!」 「嫌だ。ねぇ、気付いてる?君は重大なミスを犯した」 「な・・・に」 「君はさっき僕に『何を言うつもりだったのか』って聞いたよね。 それは裏を返せば君には他人にばらされたくない"何か"があるってことになる。 他人にばれたくない隠し事があるから、僕の脅しにだって素直に従った。違うかい?」 もう、駄目だ。 腕に力が入らない。きっとリドルがこの腕を放してしまえば重力に従い手がだらりと垂れる。 そんなことを自覚するくらい力が抜けているのが自分でもわかった。 リドルがどんな表情をしているのかもわからない。 いつの間にか俯いていたあたしは出ない言葉を必死に出そうとしている。 「ねぇ」 そんな一言にも肩がはねる。 顔をあげれば無表情なリドルがあたしを見下ろしていた。 更に顔が近づいて、ついには耳に吐息がかかる距離になった。 その時ふとチャリッという金属の音が聞こえたけれど、それがなんなのかは分からなかった。 リドルはあたしに言い聞かせるように呟く。 「僕から逃げるなんて、考えない方がいい。きっと無駄だから」 恋人同士の甘いささやきとは程遠い、恐ろしいほどの冷たさを孕んだその言葉。 厄介なものに目をつけられたと、今更ながらに実感した。 顔を離したリドルはあたしを目を合わせると、皮肉にも今までで一番柔らかく笑った。 「ねぇ」 聞いてはいけない。 「僕は君の秘密とやらが知りたい」 聞いてはいけない。 「君がどんなに拒絶しても、関わりを断とうとも、僕は絶対に探り当ててみせるよ。 ああ、面白くてたまらないね、・」 こいつの言葉は、毒だ。 再び握りしめた拳からは知らないうちに血が流れていた。 何かがどくどくと体内を巡るのが分かった。 ああ、この感覚は、知っている。 ホグワーツに来るよりも前に、同じようにこんなことがあった。 その時は自分の体内を巡った異物がなんなのか分かっていた。 絶望だ。 「お願いだから・・・あたしに関わらないで・・・」 今にも泣きそうな声で呟いたその言葉は、リドルに届いただろうか。 顔をあげなかったから分からなかった。 ただあげていればリドルが少し驚いたように目を見開いたのが見えただろう。 けれどあたしはそんな事にも、リドルが手を緩めた事にも気づく余裕がなかったんだ。 あたしたちはしばらくそのまま動かずに、ただただ沈黙に身を任せていた。 じわりと、握られている手首が温かくなっていた。 それを感じながら、誰かの体温を感じるのは久しぶりだと、どこか壊れた思考回路で考える。 そのぬくもりに、縋りたいとは思わないけれど。 → |