がいるなら まあいっかなって思うんだ
外に出るのが嫌なのだと彼女は言った。 「ああ?桜ぁ?・・・はいはいどうぞ。  桜だろうが毛虫だろうがキャベツ畑だろうが勝手に見に行ってください」 実に面倒くさいという風に眉をひそめ、ゲームをする彼女に俺は盛大に頬をひきつらせた。 部活帰りに見えた桜がきれいだったのだ。 だから珍しく。そう、俺にしては珍しくにも見せてやりたいという心遣いをみせたのだ。 なのにコイツときたら冒頭のようにのたまいやがった。 挙句引きつる俺の顔を見もせず「写メないの。写メみせてよ。それで春の匂いを感じとるから」 なんて、ある種の暴言ともとれる発言をしてみせた。 部屋にはゲームをするカタカタという音と、が食べるポッキーのボリボリという音が響いている。 今まさに桜が咲き誇り、花見を楽しみに仕事を頑張っている社会人だっているであろう。 だがしかし、こんな閉鎖的な空間にいれば、それも嘘のように思えてくる。 本当は桜なんて咲いてないんじゃないのか、と思わせるくらいだ。 鎖国だ。まさにこの部屋はによって作られた鎖国だ。 「お前は春を馬鹿にし過ぎている。  花見だってできるし、新入生や新入社員は入ってくるし、恋だって始まるかもしれない季節だぞ」 「花見は酔っ払いがうるさいし、あんな狭い場所にひしめき合うとかまさに地獄。  新入生や新入社員は不安に押しつぶされるようなりながら、なじみ難い場所に入る。  恋なんか夏は「ひと夏の恋!」だとか「寒いから」とクリスマス前にだって発生する。  あと春は毛虫と同じくらい変態だって出てくるんだよ、知っていたか準太」 「お前のそのひねくれた思考はどうにかならないのかと、俺は常々思っているぞ」 「そんなに常々私の事を考えていてくれるなんて。感動しすぎて禿げそう」 「むしろ禿げろ」 「お前が禿げろ」 「なんでだよ」 「春だから」 「関係ないし」 「関係ないね」 「…………」 「…………」 まあこんな彼女だか、社交性はある。 友達だってそれなりにいるし、特にオタク気質であるとか不登校になるような引きこもりでもない。 ただ休日になるとぱったりと外に出なくなるだけだ。 家の中から出ることなんて滅多になく、自分の趣味に没頭したり寝たりしている。 俺は部活があるから普段はと一緒に出かけることなんてない。 でもたまにこうやって誘いをかけて、ぐずるを連れだしたりしている。 そうでもしないとこいつにカビが生えてしまう気がするのだ。 けれど連れ出すのが本当にいいことかどうかはいまだに分からない。 「桜見に行こうぜ。な?」 「んー……行きたいっていう気持ちはあるんだけどね」 「いまだに部屋着なくせによくもまあそんなことが言えたもんだな。  しかもお前それあれだろ。今CMでしてる、穿いて寝たら足が細くなるとかってやつだろ。  ゼロじゃん。外に出たい気持ちゼロじゃん。むしろ振り切ってマイナスだろ」 「あのね、準太。前にも言ったでしょ……外に出ることは地味に私にとってストレスなんだよ」 そうだ。 これがあるから俺はいまだに、を外へ連れ出すのがいいことかどうかが分からないのだ。 少し前に「人が怖いのだ」とは言った。 知らない人の視線や、遠慮のない横に広がり歩く学生。 少し濁った空気に、子供の泣き声。車のクラクションに、自分が他人へ向ける笑顔。 そういうものがストレスなのだと、は言った。 誰にでもそういうものにストレスを感じるであろうが、はそれに人一倍敏感であった。 特に知らない人や特別親しくもない人に触れられるというのが、たまらなく気持ち悪いらしい。 の場合、何でもないという風にへらへらと笑っているから気づかない人は多い。 まあ俺も最初はそんなこと気づきもしなかった。 しかし中1のある日、当時に好意を寄せていた男子がいた。 その男子に何気なくに肩を叩かれているのをみた時、ふとの笑顔に違和感を覚えた。 ので、その後すぐに二人で屋上に行き「どうした?」と聞いてみた。 するとぶわわと、急にが泣きだして俺の胸にぐりぐりと額を押しつけて来たのだ。 さすがにこれには慌てたが、よしよしと頭を撫でて話を聞けば「人が怖い」と言った。 早く自分の部屋に戻りたい、と。 考えも分からない他人に触られることが嫌なのだ、と。 「俺はいいのか」 「ん。準太はいい」 しばらく泣いた後、ごしごしとカーディガンの袖で未だとまらない涙を拭うは、正直少し可愛かった。 俺がハンカチを差し出すと「ハンカチ常備って…おま、女子かよ……」と言われたので のケツに軽く回し蹴りを入れてその場はそれで終わったのだが。 「さーくーらー。見に行こう」 「ストレス、ダメ、ゼッタイ」 「絶対楽しい。つか絶対キレイ」 「……人がいる」 「人のいない場所だったから。本当に穴場だったから」 「…………」 「俺といたら少しはそういうの、気にならないだろ?  外に出て空気吸うべきだって。な?なんか菓子でも買って、お茶も持って、ゆっくりしようぜ」 ぐずぐずと枕に顔をうずめるの頭を撫でてやる。 わかっているのだ。あまり外に出たがらないのだということも。 それと同じくらい外を歩くのが好きなのだということも。 でも一人じゃしんどくなってしまう。 だから俺が一緒に外に出るんだ。 そうして“そういうもの”からを守ってやる。 普段は学校でへらへらと笑って、友達に誘われれば人の多い場所に遊びに行く。 でも本当はそういうことが少しだけ苦痛なのだということを、俺は知っている。 知っているならなんとかしてやりたい、なんて思うのだ。 (俺も甘い) 俺はベッドを離れると、窓を開けて外の空気を入れた。 近くの公園に咲いている桜のほのかに甘い香りと、春の陽気な空気が部屋いっぱいに広がった。 もぞもぞとは起き上がり、窓の外をぼんやりと見つめる。 さっき俺が撫でていたせいで髪の毛はぐちゃぐちゃだし、若干よれたシャツがの鎖骨をだらしなく見せていた。 ふわりとした風に、一枚の桜の花びらが部屋に入ってきて音もなく床に落ちた。 はそれをしばらく見つめると、カックンと首を折り目をこすった。 「お茶……あったかいお茶がいい」 「わかった」 「お菓子は……おだんごと生クリームがのったプリン食べる」 「うん」 「そんで」 「うん」 「桜の押し花、つくりたい。しおりにする」 「じゃあ2つ作ろうか」 顔をあげたに笑ってやると、もようやく締まりのない顔で笑った。 「おそろい?」 「うん」 「準太本読まないじゃん」 「……教科書にはさむわ」 だから着がえろよ、と頭を撫でて部屋を出た。 まあ後は大丈夫だろう。勝手に着がえて、下まで降りて待っているだろうし。 俺はその間に近くのコンビニであったかいお茶と、団子とプリンでも買っておくことにする。 戻ってきたら、靴をはいたが玄関に座ってわくわくした顔で俺を待っているなんて、いつものことなのだ。 空気があたたかいと 笑うお前を想像する (本当は、お前がいないと俺も部活以外で外には出ないのかもしれない)