朝学校に来るとなんだか校舎内が騒がしかった。
なんだか皆興奮した様子で同じ方向に向かっていて、よく見れば皆が皆携帯を持っていた。
だから流されるように俺も何となく同じ方向に向かったわけだが、たどりついた先はプール側の校舎。
人込みをかき分けて窓から外を見て呆然とした。


「な、んだ、これ」


思わず口からこぼれた言葉を気にする人間は生憎いない。
プールとは本来水がはっていて、光が反射すれば水紋が校舎にあたりきらきらと輝くものだ。
今日は天気がいいのでいつも通りその幻想的な空間が出来上がっているはずだったのだが。


何故だか反射する水紋は小範囲で、水の色もカラフルだった。
いや、正確にはカラフルな何かがぷかぷかと気持ちよさそうにプールの水に浮いて揺れている。
俺はその光景が信じられなくて3回ほど見なおしたのだけど結果は同じ。
目の前のプールの水は透き通らないし、ぷかぷか浮くものも消えて無くならない。
小さくため息をついた俺はある人物の顔を思い浮かべて眉間にしわを寄せた。


―――ほとんど隙間なくプールに浮かんでいるそれは、色とりどりのスーパーボールだった。


もう授業の予定も入っていないのにまだ綺麗だったプールの水は、一晩にしてカラフルに染まってしまっていた。


周りの生徒が携帯のカメラでその光景を撮影して喜んでいる。
綺麗だ、とか、おもしろい、だとかそんな声が聞こえてくる。


それには納得だ。
確かにこの光景は異様だが酷く美しくて、色がたくさんあるのになぜだかうるさくない。
むしろ夏の日差しを受けて気持ちよさそうに浮くスーパーボールを見ていると涼しさを覚える。
こんな光景、一度見たら目に焼き付いて忘れることができないだろう。
普段底が見えるはずの透明が、今では赤・青・黄色・緑・ピンク・水色など・・・・様々な色で覆われている。
正直、いくら見ていたって飽きない。
スーパーボールの隙間から見える水面は、今日に限って何故だか妙に輝いて見えた。


だが俺がそれでも眉間にしわを寄せるのはこんなことをした人物に心当たりがあるからで・・・・。


「やぁ準太、おはよう」

「・・・・これ絶対お前の仕業だろ」


にこやかに隣にきて窓から身を乗り出したは「うん、我ながら素晴らしい出来だ」なんてほざいていやがる。
高校に入ってから仲良くなったこいつはかなり、いや、だいぶ変わっている。
成績は良くて授業も真面目に出ているくせに、時々こういう突拍子もないことをしては教員の頭を悩ませていた。
その行動のおかげか、いつの間にかは職員室でその名前を知らない人間はいないほどにまでに成長していた。


確か前回はグラウンドにミステリーサークルを思わせる謎の絵を描いたはずだ。
しかもかなり強く掘ったようで、校庭はしばらくガタガタだった。
だが運動部の練習スペースは一切邪魔していないのだから、呆れるを通り越してむしろ感心する。


他にも職員室前の廊下に招き猫をずらりと並べたこともあれば、屋上のフェンスに大量の風船を縛りつけていたこともあった。
それを片付けるのは毎回本人ではなく教師たちの仕事なのだから、いい迷惑だ。
だがこれが生徒には人気で、次は何が起こるのかと期待する生徒も少なくはない。


一度何故こんなのとをするのか聞いたことがあった。
だが迷うことなく「だって面白いでしょ」の一言で片づけてしまった彼女を目の前にして
二度と聞いてやるものかと思ったのは確かだ。


そんな彼女が、今回もやらかした。


「こんなに大量のスーパーボールどうしたんだよ」

「近所とか知り合いとかまわって、いらなくなったのもらったの。あとちょっと買った」

「どんだけまわったらこんな集まんだよ!つか金かけるな、お前」

「いや、スーパーボールなんて実際安いもんですよ。それにほら、もらったもの使ってるからむしろリサイクルだね」


なにがリサイクルだ。
片づけて処分するのはお前じゃないだろうと言ってやりたい。


そんな俺の表情に気付いているかは判断できないが、は機嫌よさそうにそういうとデジカメを取り出しプールをとった。


「うん、可愛い」

「自画自賛かよ」

「いいじゃないですか、こんな光景めったに見れないよ。すっごく綺麗だ。ほら、準太もとっておきなさいな」

「後で送っといて。携帯鞄の中だし」

「えー、わがままー」

「お前にだけは絶対に言われたくない」


どんな意図があるのかは知らないが、よくこんなに色々思いつくものだと感心してしまう。
聞けばこれは授業中にふと思いついたものなのだとか。
そんなこと考えてないでまじめに授業を受けろ、と言ってやりたいが、まぁ、俺も人のことは言えない。
最近はもっぱら睡眠の時間となりつつあるからだ。


「いいね、このカラフルさ。スーパーボールをこんなに大量に集めたあたしもすごいよね」

「だから自分で言うなって。これ片付けるのお前じゃないんだぞ?」

「でも、準太だってちょっとは楽しみにしてるでしょ?」


否定はできなかったので軽く目をそらしておいた。
いつも俺は、楽しそうに笑う彼女を見るとなんだか気が抜けて、結局まぁいっかなんて思ってしまうのだ。


まぁいっか。綺麗だし。


なんて思っていると遠くから大きな声でを呼ぶ声が聞こえた。
これもいつも通りの展開。
のせいですっかり苦労人となってしまった我らが担任の登場だ。
若いのにやけに疲労の色が見えるのはやはり変な生徒を持ってしまったせいなんだろう。
隣のを見れば相変わらず楽しそうに笑っていた。
笑ってる場合じゃねぇっつうの。


「!!!!!お前はまたこんなことしやがって!!無駄な事をするなって何回言ったらわかるんだ!ああ!?
 お前は猿か!!いや、猿でも学習するぞこのアメーバが!!」


意味わかんないです先生。
あと、もしこいつがアメーバなら分裂するけどいいんスか、それで。


「嫌ですねー先生。どうして私って決めつけるんですかー」

「お前以外に誰がこんなことするんだ!!」

「ハハハ、確かに」


は誇らしそうにケラケラと笑ったが、それが当然のように担任の気に障ったようだ。
担任は顔を真っ赤にして唾を飛ばした。


「早く片付けんか!!」

「もう今年はプール使わないでしょ」

「そういうことを言ってるんじゃない!!」

「勿体ないでしょう、これは。もう少しこのままにしときましょうよ」

「お前はいいよ!怒られるのは俺なんだよ!!まったく、またこんな意味のわからないことして・・・・!!」

「いやいや、先生、これはアートですよ」


見てくださいよ、なんて窓の外に視線を向ける。
水に浮くスーパーボールをとらえたその目は小さな子供のように生き生きしていて、思わず俺は笑ってしまった。
するとその瞬間真っ赤な担任の顔が俺に向けられる。


「やべ」なんて思いながらも、いつものようなと担任のやり取りが面白くてたまらなかった。


「や、す、すんません・・・・ッ、くく、笑って、ない、ッスから・・・・ッ!!」

「高瀬お前それで通じると思ってんのか!!もういい!!お前ら二人で片づけろ!!」

「えー!?俺もですか!?してないのに?」

「お前もだ!!」

「あははは!!準太頑張れー!!」

「お前もするんだよ!!」

「あらら」


予想外の言葉だという風に目を丸くしたは、急に何事かを考えだす。
そうしてしばらくたってから「よし」という代わりに一人で頷くとプールを指さして言った。


「片付けましょうか、先生」


その予想外の言葉に担任はもちろん、俺まで驚く。
今まで一度だっては自分で片づけをしたことがなかったのに・・・・どういう風の吹き回しだろうか。
明日は雨でも降るのだろうか。いや雪かも知れない。
むしろ大量の飴玉が降ってきてもおかしくはない。


「ただし、私たちを捕まえられたらですが」

「「は?」」


私・・・・・・・・たち?


「ほら準太!!逃げるよ!!」

「う、えぇ!?俺も!?ってか結局このパターンかよ!!」


駆けだす。生徒がいるせいで担任はなかなか前に進めない。
俺たちは慣れたように生徒の隙間をぬって道を見つけ出して、前に進む。
こうなるのはいつものことなんだ。
が勝手に何かをしかけて、そこで俺が笑って、巻き込まれて、一緒に逃げる。


正直、これが楽しいだなんて言ったら、担任はまた顔を真っ赤にさせるだろうか。
そうしては、また嬉しそうに笑うんだろうか。


「準太!!しばらく逃げて落ち着いたら屋上行こう、屋上!!」

「何で屋上だよ」

「ふふふ、人間は日々進化するんだよ準太。お楽しみはまだまだこれからですよ」

「訳わかんねー」



笑いながらふと「ああ、なんか青春っぽいなこれ」なんて思ったりして。
密かに次は何が起こるのかを楽しみにしながら、やっぱり、また笑った。
窓の外を見れば相変わらず、プールは色で染まっていた。




ありきたりな青春なんて



プールの底に置いていけ!



(実は今回プール底にビー玉も敷き詰めるという2段構造なわけで)(ドンマイ担任)