みてしまった・・・みるつもりなんてなかった
なんて言ったら言い訳なんだけど・・・
それは放課後、わたしが教室に忘れ物を取りに行ったときだった
目的のものを見つけたわたしは、早く帰ろうと教室を出た
その時だ





(人の・・・話し声?)





隣の教室から話し声が聞こえたのだ
普段なら誰かいるくらいで、気にもせずに通りすぎた
けど、その時は違った・・・だって、そこは空き教室だ
普通なら人がいない・・・なのに声が聞こえた・・・・・・





(誰だろう・・・)





わずかに開いていたドアを開けて中の様子をうかがう
なかは薄暗くて、よく見えない・・・・でも、だれかがいるのは分かった
あれは・・・島崎くん・・・・?





何してるんだろうと思って、声をかけようと一歩踏み出す
それと同時に一瞬聞こえた、押し殺したような甘い声・・・
それは、島崎くんとは別の・・・女の人の・・・・・・





(―――っ!?)





状況が分かった時には、あたしはもうすでに走り出していた
無遠慮な自分のこの気持ちに嫌気が差す
島崎くんともう一人いた女の人は彼女なんだろうか?
じゃないと、そんな事しないよね・・・そーだよね・・・





あたしは、息が切れるのもかまわず、全力疾走で帰った
まるで、何かから逃げるように・・・










次の日、普通に学校には行った
島崎くんも普通に登校して、今は野球部の人たちと話をしている
正直・・・参ったな、なんて思う





あたしと島崎くんは結構話すほうだから、もし怪しい態度をとったりすると
すぐにばれてしまうだろう
だから、いつも通りにしないといけない
なのに・・・話せない・・・なぜだか分からないけど、顔が見れなかった





机に顔を伏せて頭を抱える
そういえばいつだったか、島崎くんが女タラシだって聞いた様な気が・・・
あぁ、でもまさか本当だったなんて!
だって、普段あんなに優しいのに・・・
ん?優しいからそーなのかな?あーダメだ・・・よく分からなくなってきた





「おい、大丈夫か?」

「へ?」





顔を上げるとそこには島崎くんの顔が
いきなりのことに驚いて、あたしは思わず身を引く
けど島崎くんは気にした様子も無く、こっちを見ている
・・・・・・そういえば





「大丈夫って、な、何が?」

「や、顔色ワリィからって・・・お前、本当に顔色ワリィぞ」

「う、うそ・・・」

「気持ち悪くねぇの?」

「う、うん・・・大丈夫だけど・・・」





そんなにあたしの顔色は悪いんだろうか
島崎くんが心配そうに顔をゆがめているけど、あたしは別に普通だ
まぁ、本人が大丈夫だと思ってるんだから
どーせたいしたことは無いんだろう・・・とりあえず今は、様子を見よう





そう思った瞬間腕を引っ張られて、無理やり立ち上がらされる
あまりにも、その行動が急だったから・・・・
あたしは机の脚につまづいてこけかけた、恥ずかしい





「保健室行くぞ」

「え、やっ、ちょ、大丈夫だって!」





そんな反論の声もむなしく・・・あたしはぐいぐい引っ張られていく
困ったな・・・別にえらくもないんだけど・・・
こんな元気いっぱいのあたしが保健室に行くと
なんだかサボりだと思われそうだ





廊下に出ると、もうすぐ授業が始まるせいか、人がいなかった
ひんやりとした空気が、あたしの全身を包む
島崎くんはあたしを引っ張るのをやめずに、ずんずん歩く





すると突然、島崎くんが歩くのを止めて立ち止まった
(あたしはもう少しで、島崎くんの背中にぶつかるところだった)
そこは、昨日のあの空き教室の前・・・




ドクンッ





「島・・・崎、くん?」





島崎くんは、あたしの呼び声を無視すると、教室のドアをあけた
いやだ・・・入りたくないよ、いやだよ・・・
そう思っていても、男子の力にかなうはずも無く
あたしは、空き教室に飲み込まれた





中に入っても、その腕は放してもらえなかった
あたしは教室の壁際まで連れてこられると、ようやく手を放された
ほんの少しだけ、掴まれていた部分が痛い・・・





「・・・」

「・・・な・・に?」

「昨日教室に入ってきたの、アレ、お前だろ」

「っ!?」





なんだ・・・島崎くんは分かってたんだ





「ククッ、お前分かりやすすぎだろ・・・なぁ?」

「・・・へ?」

「どー思った?」

「ど、どうって・・・よく、わかんな」





最後まで言い終わるまでに、口を手でふさがれる
そうして、そのまま後ろに押される
背中に壁がついて、ひんやりとした
島崎くんが、ニヤリと笑う・・・





だれだ・・・この人・・・




「わかんねーって事はないだろ?
 あぁ、でものことだから、軽蔑でもしたか」





ぶんぶんと首を振って否定したいのに、首が動かない
逃げようと思えば、逃げれるくらいなのに・・・
爪先から、頭の上まで、セメントで固められたみたいに動かなかった
怖い・・・ただ単純にそう思った





「なぁ、・・・」




島崎くんがじっとこっちを見る
怖い、いやだ、いやだよ・・・島崎くん





「お前も、昨日のヤツみたいにヤりてぇか?」





耳元でそういわれた後、慣れた手つきでネクタイをはずされる
シュルッという音とともにネクタイが床に落ちた
片手なのに器用だな、なんて思う
ばか、場違いだ、あたし





第一・・・第二と、ボタンがはずされる
頬から首にかけて、手がスッとすべって、そこだけ熱を持ったようだ
あたしはぎゅっと手を握り締めて、今にもあふれ出しそうな涙を抑えた





さっきまでは、いやでいやで、怖くて怖くてたまらなかった
今でもそれは変わらないし、体は固まったまま動かない
けど、違う・・・いやだとか、怖いだとか・・・そんなんじゃない
もっと違う感情がある





あたしは・・・悲しいんだ





分かった瞬間にはもう遅く・・・
さっきまで頑張って抑えていた涙が、あふれた
次から次に涙が出てきてとまらない・・・まるで決壊したダムみたいだ





悲しいよ、島崎くん
自分でもよく分からないけど、ものすごく悲しいんだよ
涙が止まらなくて、胸がぎゅーってしめつけられるんだよ
ねぇ・・・・・どうしてなのかな?





嗚咽もなく、ただ静かに涙が流れた
すると島崎くんの手が、いつの間にかとまっている事に気づく
口にあてられていた手も、放されていた
ボタンは・・・第二までしかあけられていない・・・
不思議に思って閉じていた目を開けると
目の前にはばつの悪そうな顔をした島崎くん・・・





どうして、そんな苦しそうな顔するの?





「しま、ざき・・くん・・・大・・・丈、夫?」

「―――っ!」





島崎くんは、何か言いたそうな顔をしたけど
すぐにいつもどおりの顔になって、床に落ちたネクタイを拾ってくれた
ネクタイを今度は優しくあたしの手に握らせると
困ったように、あたしの頭を撫でた





「ワリィ、冗談だ、嘘だ・・・だから、泣くな」

「・・・・・」

「ホント、悪かったな
 落ち着いたら、教室もどってこい」





背中を向ける島崎くんをみる
その背中は、いつもの堂々としたものじゃなくて・・・
寂しい影が見えた
何かを隠したような・・・恐れているような・・・そんな悲しい背中だ





「し、島崎くんっ!」

「・・・・・・」





島崎くんは振り返らない
でも、それでいいと思った





「教室に帰ったら・・・島崎くんは、いるの?
 ちゃんと、教室の、自分の席に・・・いるの?」

「・・・・あぁ、いる」

「そっか・・・じゃぁ、もう少ししたら帰るね」

「・・・・・・・無理すんなよ」





ドアを閉めて教室の方向に向かう島崎くんを確認すると
そのままズルズルと床に座り込んだ





いろいろな事が急に起こりすぎて、頭がおかしくなりそうだ
なんで島崎くんは手をとめたんだろう
どうしてあんな悲しそうな顔をしたんだろう
全然分からない・・・





でも、ネクタイを手渡してくれたその手は
あたたかくて、やさしかった・・・





わかんないよ・・・島崎くん・・・
あたしばかだから、全然わかんないんだよ





あたしは今度こそ、嗚咽して泣いた
その涙は、無音の教室に混じると、消えた






それでも



まっすぐなのは      


(みたやつが、お前意外ならよかったのに)