あなたがくれるそのシアワセの形を わたしはきっと知っているのです
ガムが好きなのだと彼が言った。 その証拠を見せ付けるかのように、年がら年中ガムを噛んで風船を作っている彼はその名の通りばかのようだ。 もっともそんな事を言った日には彼の自慢のターニングダイスとかいう必殺技でぶっとばされてしまうので言わない。 私の彼氏である野球部の御柳芭唐という人物は彼女にだって容赦はないのだ。 最近テストの成績が悪いのはきっと芭唐が私の頭を叩くせいだとひそかに思っている。これも言わないけど。 まぁ優しいところもあるんですよ、と一応のフォローをしておく。 そんな彼とは対立して私は飴が好きだ。 芭唐のようにずっと食べているわけじゃないけれど、通学用の鞄の中には飴を入れる専用のポーチを入れるぐらいには好きだ。 一度芭唐にレモン味の飴をあげたが口に入れた瞬間ボリボリと噛み砕いてしまってああああああ昨日買ったばかりなのに!! と私は彼の行動に肩を落として彼の口にガムを突っ込むのであった。 その際に聞こえた彼の「もがっ!?」という苦しそうな声には無視を決め込んだ。 まぁそんなわけで飴が好きな私の楽しみは何と言っても祭りだったりする。 打ち上げ花火を見るのもそこそこに私は赤くつやつやと光り輝くりんご飴を探すために面倒くさそうな顔をする芭唐をひきつれて 屋台を回るのだった。 「は本当に飴があればそれでいいのな」 そう言われてカリッとりんご飴を齧って笑ったのは去年の事。 あの日は天気がよくて雲ひとつない夜空に上がった花火は私の浴衣を明るく照らしてパラパラと散っていった。 その浴衣が照らされた時、芭唐に「浴衣姿キレーじゃん」とニヤリ顔で言ったのを覚えている。 ああなんて幸せな記憶!!今年の私とは大違い!! そんな幸せな記憶に浸っちゃってた私が現在何をしているのかというと一人ぼっちで浴衣を着飾って雨宿りだ。 今日になって急に「練習試合があったの忘れてたわ」なんていう、おい野球部員お前本当に野球してんのかと思うような知らせが 携帯に入ったのは昼前の事。しかも電話じゃなくてメールだ。なめてんのかちくしょー。 試合自体はすぐに終わるみたいだけどその後ミーティングがあるから祭りはいけないかもしれないと言われた。 普段ことあるごとに練習をさぼろうとする人間が今日に限ってミーティングに参加とは私に対する嫌がらせじゃなかろうか。 せっかく浴衣も買ったのに!!と、早速ぐれた私は何を思ったか夕方になると浴衣を着て一人で家を飛び出してしまった。 と、思ったら突然の雨で祭りの会場まで辿り着けていない状態だ。 「傘なんて持ってきてるわけない!!」 そう叫んで一人建物の屋根の下で雨宿り。今年の夏祭りは不運続きだ。お祓いしてくださいだれか!! あーあ、これも全部芭唐のせいだ、きっとそうだ。 雨が降ったのも、会場にたどり着けないのも、泥が跳ねて少し汚れた着物も。全部芭唐のせいだ。 もう私の彼氏は本当にばかじゃないのか。芭唐から誘ってくれたこのお祭りを私がどれだけ楽しみにしてたと思ってるんだ。 試合とかがあるのは仕方ないけど事前に知ることもできただろうに。練習にちゃんと出ないからこういうことになるんだばか。 ばかばかばか芭唐のばーか。 「ばーか・・・・っ」 自分の汚れた足元を見ると何だか急に悲しくなってその場にしゃがみこんだ。 ぽつぽつと降る丸い雨粒なんか見たくない。 本当、何をしているんだろうか私は。 急に自分の着飾った格好がどうでもよくなって、私はアップにしていた髪の毛をほどくとつけていた髪飾りをぎゅっとにぎった。 私はお祭りのたびに「りんご飴」「りんご飴」といってはしゃぎまわっていたけれど。 ねぇ気づいてよ。りんご飴にしか興味がなかったらこんな風に着飾ったりしないんだよ。 真剣に浴衣を選んで、綺麗に髪をまとめ上げて、不慣れな化粧だってしてるのは全部芭唐のためなのに。 芭唐と行くお祭りが楽しみだから私は頑張ってこんな恰好をしてるんだよ。 浴衣なんて正直歩きづらいし、カランコロンと可愛らしい音を立てる下駄は足が痛くなる。 でも、芭唐がキレイだって言ってくれるから…。 「うー、…っ、もうしねーばかばからー」 「あ?テメェ誰に向かって口聞いてんだコラ」 「てめーにですよ、このば…か……え?」 顔をあげるとそこには笑顔だけど目がまったく笑っていない彼氏様がいらっしゃってってああああああ殺される!!!! 死ねとかばかとか言っちゃった、聞かれちゃった、もう全力で殺されるお母さんお父さんさようなら!!! 「嘘です凄い素敵、やだどうしようカッコよすぎて私死んじゃいそう」 「あぁ?当然だろうが」 うわあああああなにこの俺様、ナルシスとも大概にしてください、いやかっこいいんだけども実際。 「って、なんで、芭唐が…」 「祭り一緒に行く約束だっただろうが。先に行くなよ」 「え、え、だって、練習試合とか、ミーティングとか…」 「んなもんヨユーで終わらせてきたっつの。人がせっかく間に合わせたっつーのに先に行きやがって!!」 「う…うそだぁ…」 こぼれそうな涙を必死に我慢して芭唐を見上げる。 すると芭唐はありえないくらい優しく笑って私の手の中にある髪飾りをとると背後にまわる。 「ああ、お前これ持ってろ。邪魔」 「え、あ、って…りんご、飴?」 しかも2つとは何事? そんな私の疑問をよそに芭唐は器用に私の髪をまとめ上げていく。 ひょっとしたら私より上手いんじゃないかと思うぐらい手慣れている。 「一応、これでもワリィと思ってっから。片方はお前にやる。たまには付き合って飴食ってやるから…その、…機嫌なおせ」 ああ、ほらみて、優しいところもあるでしょう? つまりは私の好きなりんご飴を二人で食べながら歩こうということで。 それは横暴だけどそれ故に少し不器用な彼からの謝罪なのだ。 なんだよ今更こんな気をつかっちゃってさ。なんて思いながらもやっぱり嬉しくて嬉しくて。 こんな風に私の事を考えてくれる彼が愛しくて。上手く呼吸ができなくてちょっとだけ涙が流れた。勿論嬉し泣き。 「あ?なんだよ泣くほど食いたかったのか、りんご飴」 違うよ芭唐、違う。けどもういいよ。珍しくちょっとだけ戸惑ってる気配を背後から感じるから。 「うっ…くっ…で、も、雨降ってるし、お祭りない、かも」 「心配すんな、通り雨だ。ほらできた。顔上げろ。もう止んでんぜ?」 「え?」 言われた通り外を見ればさっきまでの雨が嘘のように止んでいて、私の髪の毛もきれいにまとめ上げられていた。 なにこの彼氏器用すぎる。そんな器用な彼氏は私の手をぎゅっと握ると「祭り行くんだろ?」と私を立たせた。 お世辞にもきれいとは言えない浴衣になってしまったけど、私は笑顔で頷くとりんご飴を持つ方の手に力を入れた。 「芭唐、りんご飴ありがと!!一緒に食べようね!!」 「だからそう言ってんだろうが、ばーか」 握る手は大きくて、ごつごつしてて、でも夏の暑さが気にならないぐらい温かかった。 自然と緩む頬を隠すこともせず、隣をみれば背の高い芭唐がいて、来年も一緒に来たいななんて考えた。 遠くで打ち上げ花火の音が聞こえて、私の心はますます踊るのだった。ああ、やっぱり幸せ!! 「あ、そうだ。浴衣姿キレーじゃん、」 まぁるい (―――っ!!ばかっ!!!!)(いってぇ!!はぁ!?ちょ、何で殴るんだよ!!)