朝の冷たくも清々しい空気が
私を包んでそうしたらね…
急に目が覚めた。
そりゃもう驚くぐらいバチッと目を開くと、私はゆっくりとした動作で上半身を起こす。
すこし寝癖がついた頭を撫でつけて携帯を手に取り時間を確認。
なんと日曜の4時だ。勿論夕方の4時とかそういうわけではなく、立派な朝の4時。
私は寝るのが遅いから寝たのが大体2時前だったというのに。
睡眠時間が2時間でこれだけ目覚めすっきりとはこれいかに。
このまま温かな布団に戻ったとしても到底寝れそうにないくらいには意識ははっきりしていた。
いやはっきりしていてもやはり頭のどこかは寝ていたのかもしれない。
私は何を思ったか顔を洗い歯をみがくと、財布と携帯だけを手に家を出た。
あ、勿論着替えましたよ。当たり前じゃないですか。
家族が起きないように忍び足で廊下も歩いた。
外はまだまだ暗くて、吸い込む空気は冷たくてきれいだった。
親にばれたら確実に怒られるとは分かっているけれど、この朝独特の空気にすっかり上機嫌だった私は
暗い車の通らない道路の真ん中を軽い足取りで歩く。
もしここに第三者が居て私を見ていたなら、普通に歩いてるように見えただろう。
けれど心の中では足取りは軽かったのだ。ふわっふわだったのだ。
今時ランドセルだって、今の私の足取りのように軽くはなれない。
特にどこに行きたいと決めていたわけではなかった。
でもなんとなく咽がかわいたなーと思ったので通りすがりの自販機でペットボトルの炭酸のジュースを買った。
この会社はどうしていつもこんな変な形のペットボトルなんだろうか。
ほどほどに歩くとバス停とベンチが見えたのでなんとなくそこに腰掛ける。
疲れたので一口ジュースを飲んだ。
それから私はベンチの上で膝を抱えるとわずかに明るくなってきた空を見上げた。
実はこう見えて色々悩み事の多い、青春真っ最中の私はそのまま物思いにふけることにする。
どのくらいそうしていたのかは全く分からない。
けど気がつけばあんなに暗かったはずの空は明るくなっていて、遠くからバスが走ってくるのが見えた。
実はこう見えて色々悩み事の多い、青春真っ最中の私はそれをぼんやり見ながらゆるりとした動作で立ち上がる。
なんとなくアンニュイな気持ちになっていたのかもしれない。
思春期にありがちな「もういいや、なんかめんどくさい」て気持ちがあったのかもしれない。
普段友達とばかみたいに笑って冗談を言い合ったりしているが、そんな私にだって悩みはある。
爽やかな朝に似つかわしくない気持ちだ。ごめんなさい、誰か。と行き場のない謝罪を誰かに押しつけた。
まぁそんなアンニュイだった私の前にバスが停止して、私がぼーっとしている間にバスの扉が開いた。
これが猫バスだったら最高なのに、と頭の片隅で思いながらほとんど無意識に足を踏み出してバスに乗る。
するとその瞬間ガシャンというド派手な音が聞こえて、私の腕が強い力で引っ張られた。
訳も分からずそのまま後ろ向きに倒れると、しっかりと受け止めてくれる何か。
私が下りた瞬間バスは扉を閉めて行ってしまった。ああ、勿体ない。
「どこ行くつもりだテメェは!!」
「お?隆也か?やっほー、おはよう。いい朝だね」
「“いい朝だね”じゃねぇよ!!何してんだこんな朝っぱらから!!」
振り返るとまぁ偶然にも幼馴染の隆也がいて、隆也の後ろでは自転車がタイヤをカラカラ回転させながら倒れていた。
さっきのガシャンっていう音の正体はどうやら自転車が倒れた音らしい。
「焦るだろうが!!バスに乗ってどこに行くつもりだったんだよ」
「んー、どこかな。とりあえずちょっと旅に出ようかと思って」
「財布と携帯だけ持って?」
「あとジュース」
「旅に出る恰好じゃねぇだろ!つか出るな!!明らか無計画!!」
「お堅いねぇ隆也は。もっと冒険しようぜ。人生冒険があるから楽しいんだって古典のまっすーが言ってた」
「冒険しすぎ!!もうちょっと考えて動けよ!!」
「ふむ…ところで隆也はなんでこんなところに?」
「コンビニ。やたら早くに目が覚めたからなんか食おうと思って…」
「朝っぱらから親に黙って外出なんていけないんだー」
「お前に言われたくねぇ!!」
あらら相変わらず短気だな隆也は。まぁ怒らせてるのは私なんだけど。
私がベンチに座るとため息をついた隆也は、倒れた自転車を起こして私の隣に座った。
しばらくお互い何も話さなかったけど、唐突に隆也が私の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「どうした。なんかあったか」
「考え事をね、していたのですよ。友達の事とか将来の事とか色々」
高校生の私たちには常にいろんな不安が付きまとう。
それなりに毎日を楽しみながらも人間関係に悩み、進路に悩み、勉強に悩み、時に恋愛に悩む。
まだまだ子供な私はその悩みや日ごろの小さな不満がたまっていくばかりで、うまく吐きだせない。
消化不良。お腹がぐるぐる痛くなって、現実逃避したくなる。
「考えてたら抜け出せなくなった。なんか色々怖くなって、そんな時にバスが来て…。
そんで、このままどっかに行けたらなーと思ったら扉が開いたから、ついうっかり乗っちゃった」
「いや乗っちゃったじゃなくてだな…そう簡単にどっか行かれても…」
「うん。反省してる」
「…」
「どうせ乗っても帰ってくるのに乗るだなんて、お金無駄に使うようなもんだもんね。考えが足りなかった」
「そういうことじゃねぇよ!」
ふふっと笑うと隆也が目をまんまるく見開いて、バツが悪そうに目をそらした。
それから視線を足元にやったまま黙ってしまった。
私は不思議に思って隆也の顔を覗き込むように上体を倒す。
目の前を自転車に乗ったおじいさんが通り過ぎたので「おはようございます」と挨拶をしておいた。
「隆也ー?」
「お前、どっか行こうとしてたんだよな」
「うん。まぁ行けたらいいなって」
それでもってバスが猫バスなら尚いい。と言おうと思ったけど黙っておいた。
「どっか行くって…お前俺が野球してるの見んの好きって言ったくせに…それはいいのかよ」
「あ。……んー…よくない。隆也が野球してるの見るの好きだから見れなくなるのは嫌だなぁ」
「じゃぁどっか行くとかもう考えんな。悩みがあったらいつでも俺が聞くから」
「ん。わかった。やめる」
あれ、なんか告白っぽいなこれと思ってたら隆也が立ち上がる。
そしてもう一度私の頭をわしゃわしゃと撫でた。
小さく「頼むから、ふらっと俺の前からいなくなるな」なんて言われたので大人しく頷いておく。
どうやら家まで送ってくれるらしいので、好意に甘えることにした。
私の悩みには「恋愛」なんてカテゴリーはなかったけど……。
隆也に会えなくなることを想像したら胸が締め付けられて泣きそうになった。
野球をしてる隆也はすっごくかっこよくて、よく怒るけど、それでも優しいから隆也が好きだ。
この好きっていう気持ちは恋愛感情なのかななんて。
新しい悩みがふわりと浮上してきて、やれやれとため息をつく。
でも不思議と嫌な悩みじゃなかった。
そうしてさっき隆也に言われたセリフを思い出してぐふふと怪しく笑う。
すると隣で歩いていた隆也に「きもい」って言われた。
「あたし隆也の事好きかもしんなーい」
「俺はずっと前からのことが好きだったよ」
冗談まじりでそういうと静かな声でそう返されてぎょっとした。
驚きながら隆也を見ると、無表情な隆也が目線だけをこっちに向けた後ニッと意地悪そうに笑った。
なんだかくすぐったくてぐふふと笑ってみた。
今度はやわらかい声で「きもい」と言われた。
かわいい子には
旅をさせるな
(あ、そうだ。コンビニ行けなかった隆也にジュースをあげよう)(いらねぇよ!炭酸ぬけてんじゃねぇか!!)