「おーおー、ここの桜も満開だねぇ」
空を見上げると、いつもは見えない桜の薄いピンクが
まるで雲のように浮かんでいた
手を伸ばしたって到底届かないけど伸ばさずにはいられない
わたしは雲をあさるイメージを持って、片手をぶんぶんと振った
そんなことしたって、あされるわけもないんだけど
そうして後ろに足音を聞いてふと我に返る
ゆっくりと後ろを向くと隆也が呆れ顔で立っていた
あ、やばい、一緒に来ていたんだった・・・
存在を忘れていたことを申し訳なく思って、にっこり笑ってみた
でも絶対不自然な笑い方だっただろう
「忘れてただろ」
「そんなこと・・・ないかも、しれない、よ?」
「じゃぁ何でそんな歯切れわりぃんだか・・・」
「え、えへ」
「可愛くねー」
「・・・・・・」
真顔で言わなくてもいいだろうに、真顔で
それから隆也はわたしの隣にならぶと、さっきのわたしみたいに空を見上げた
わたしもそれを横目で見た後、すぐに同じ様にする
瞬間、風がわたし達の間を駆け抜けて、桜の花びらが道のようになって飛ぶ
木に咲く桜は雲のように
落ちた花びらは道のように
それぞれなれるものがあるんだと思うと、何だか妙にあったかい気持ちになった
「うーん、つい最近卒業したばっかりなのに・・・
もう懐かしいって思っちゃうよ
これって歳なんかな?」
「桜が咲いて風景が変わったからじゃねぇか?
歳はまずないから安心しろ」
「はーい」
そう、わたしたちは今西浦高校に来ている
先生達に顔を見せに・・・じゃぁなくて、桜を見になんだけど・・・
実は今日は桜が咲いている場所を巡っている
わたしたちは高校を卒業して・・・明日から地元を離れる
その前に何となく、地元の桜を見ておきたくなったんだ・・・
誘ったのは勿論わたし
荷物の整理が終わってないという隆也を、無理やり連れ出してきた
悪い子?ううん、そんなことないですよ
思い出作りに協力してるんですよ、いい子です
「明日からもうしばらく隆也に会えないのかー
つまんないなー・・・本当」
「・・・・・・何言ってんだよ」
「うん、ごめん」
そろそろ首が痛くなってきたから、元の位置に戻した
そうしてそのまま、風の音を聞きながら目を閉じる
桜の花の甘い香りを、今更ながらに感じた自分に驚いた
ここにいたのに、こんなにいい香りが分からなかっただなんて・・・
ゆっくりと息を吸い込んで桜の香りを感じる
この香りを忘れないようにしよう
きっと香りを思い出したとき、この日のことを思い出せる
「3年間はあっという間だったね
わたしまさか自分が卒業できるだなんて思ってなかったよ」
「欠点一回もとったことのないような人間がよく言うぜ」
「や、そうじゃなくって・・・想像できなかったってこと
自分の卒業姿、隆也はできてた?」
「それ聞くか?」
「あはは!だよね」
笑った後に、偶然手が届きそうな枝を見つけて再び手を伸ばす
でもあと少しという所で届かない
背伸びをしたりジャンプをしてみたりしたけどやっぱり届かなかった
ほしいのにな・・・花・・・
わたしにもう少し身長があればよかったのに・・・
「ほら」
「あ、ありがと・・・」
とってくれたのは嬉しいけど・・・なんか悔しいな・・・
そう思いながら受け取った桜を見る
やっぱり、キレイだ
わたしは小さく「ごめんね」と呟いてから、形が崩れないように
優しく優しく手で包み込んだ
手の中の桜の花が、やけにあったかく感じる
わたしのなかに、言いようのない感情があふれだしてきた
今しか・・・ないかな・・・
「ねぇ、隆也」
「あ?」
「わたしね、ずっと隆也の事好きだったんだよ
高校生の間ずーっと・・・気づいてた?」
「・・・・・・お前だって気づいてたんだろ
オレが、お前を好きだってこと」
「ハハッ・・・さーて、どうでしょうね」
うそ、本当はわかってたよ
でもお互い告白しなかったのは何でか・・・
言い訳になるかもしれないけど、高校生のわたしには少し重かったんだ
「恋」だとか「愛」だとか、よく分からない子供で
そのよく分からないものが怖かった
色々な不安や小さな恐怖が、わたしをその場に縛り付けた
動けない、動こうとしない、どうしようもない子供
って、これはわたしの理由だけど・・・隆也はどうだったんだろう
聞いてみたかったけど、まず聞けるわけない
こんなこと聞けるんだったら、とっくの昔に告白してた
わたしが黙ったことで隆也も静かになった
不思議と、嫌な沈黙じゃなかった気がする
しばらく二人で桜を見て、香りを感じていたんだけど
そうしていると不意に隆也がしゃべり出した
わたしは視線を桜から隆也に移す
「5年後」
「ん?」
「5年後の今日まで、ちゃんとお互いのことがすきだったらここ集合
んで付き合う・・・とかどうよ?」
「おー・・・・・漫画みたい、でも・・・いいね
それぐらい時間あったら十分すぎるぐらいでしょ
けど、何で5年後?」
「キリがいいから」
「うわ、凄い味気ない理由で大切な約束しちゃったよ」
それからちゃんと隆也を見る
隆也もわたしを見る
「好きじゃなかったら?」
「来なくていいんだって、ま、来た方は待ちぼうけだな」
「キッツー!」
笑いながら約束した言葉
「じゃぁ、5年後、ここで」
とってもシンプルで、わたし達らしくてまた笑えてしまった
きっと第三者から見ると、わけのわからないものだろう
けどそれでいいと思うし、第一、第三者なんか関係ない
これは、わたしたちの約束だ
わたしは大きく伸びをするとにっこりと笑った
「さぁ、次の桜見に行くぞー!!」
「いい加減帰らせろよ」
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5年が経った今、約束をした、あの日のことを思い出す
わたしはあの日と同じ桜の木を触って目を閉じた
よみがえるのは記憶と香り
わたし、ちゃんと5年間隆也の事を好きでいられたよ
今は自信を持って言えるほど・・・隆也が好き
ありがとう
わたしに時間をくれてありがとう、隆也
ああ、どうしよう、そんなつもりなかったのに・・・
泣きそうになってしまう
わたしはしおりをぎゅっと握り締めた
手作りの押し花のしおり
花は勿論、あの日隆也にもらった桜の花
まだ香ってきそうなほど・・・変わらないピンクがきれいだ
わたしは目を開いてしっかりと桜を見た
あの日、約束をしたこと、後悔なんかしていない
だって・・・・
「おーい、、何してんだ
次の桜見に行くんだろ、早く行くぜ」
「わかってる、隆也!!今行く!」
わたしはもう一度桜を見ると隆也のもとに向かって駆け出した
だって今
わたしは泣きそうなほど幸せだから
桜風景の約束
(5年も好きだったなんて・・・)(何かおもしれーな)
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